サハリンIIフェーズ2プロジェクトに係る意見書

日野鳥発第58号
平成16年12月13日

国際協力銀行御中

財団法人 日本野鳥の会
会長  柳生 博

サハリンIIフェーズ2プロジェクトに係る意見

 サハリンⅡプロジェクトの事業対象地域は、生物多様性保全の観点から世界的に見ても重要な地域です。国際的自然保護団体であるBirdLife International(当会ほか、世界約100の国と地域の鳥類保護NGOが加盟)が11月18日にタイのバンコクで開催された第3回世界自然保護会議において発表した”Important Bird Areas in Asia”では、サハリンⅡ及びその影響が懸念されるサハリン北東岸~アニバ湾(サハリン南部)に係る地域から、少なくとも4ヶ所が、世界的に重要な鳥類生息地に選定されています。

 さらに、当該地域は北海道に隣接し、渡り性鳥類をはじめとする野生動植物の観点から日本との関係性が極めて高い地域であり、同地域で自然環境に対する深刻な事態が発生した場合、日本の生物多様性にも重大な影響を与えるおそれがあります。また自然環境に立脚した漁業・観光業などの産業についても同様のことが言えます。
 従って、貴行がこのプロジェクトに対し環境審査を行われ、融資の可否を検討されるに際しては、これら当該地域と日本とのつながりを十二分に考慮し、貴行が2002年4月に策定された環境社会配慮のためのガイドラインに沿って自然環境に与える影響が相当程度高いことを認識された上で、自然環境への影響について回避・低減が十二分に行われる計画となっているかを判定し、その経過及び結果についての国民及び利害関係者への説明責任を果たすことが必要であると思料いたします。

これらの観点から、以下の点について小会としての意見を申し述べます。

  1. 事業対象地域及び周辺関連地域の鳥類から見た重要性
  2. 環境影響評価に係る問題点
  3. 専門家による検証を行う場の設置

1.事業対象地域及び周辺地域の鳥類の生息状況からみた重要性

 事業対象地域、及びその周辺の事業の影響を受けると思われる地域(油流出事故が発生した場合に影響が想定される地域を含む)の、鳥類の生息状況からみた重要性については、以下のとおりです。(油流出事故の影響範囲については、事故の種類、発生位置によってはより広い範囲での影響も考慮されますが、ここではサハリン北東岸~アニバ湾にかけての地域に限って記述します。)
 こうした事業対象地域及び周辺地域の状況から、サハリンIIプロジェクトは、環境への重大で望ましくない影響のある可能性をもつ事業に分類されると考えられます。

  • 絶滅危惧種・貴重種
    サハリン北東部は、オオワシ、カラフトアオアシシギなどIUCNのレッドリストに掲載されている世界的な絶滅危惧種の重要な繁殖地となっているほか、ハマシギのサハリン固有亜種の唯一知られている繁殖地です。そのほか、ロシアのRDBリスト掲載種も多く生息しています。
  • ラムサール条約湿地の登録基準を満たす種
    サハリン北東部湿地及び沿岸では、ラムサール基準を満たす鳥類として、オオハクチョウ等のガンカモ類をはじめとする水鳥類が記録されているほか、基準を満たす個体数のアジサシ類が繁殖しています。また、アニバ湾、Novskoye湖でも渡りの時期に多くの種で、ラムサール基準を満たす個体数が記録されています(BirdLife International 2004)。
  • 海鳥
    チュレニー島はウミガラスをはじめとする海鳥の重要な繁殖地となっています(BirdLife International 2004)。また、サハリン東部沿岸域は、「サハリンIIフェ-ズ2プロジェクトに関する環境関連意見交換会 (2004年6月30日 札幌)」で小城春雄北海道大学名誉教授が指摘されているように、海鳥類をはじめとする移動性野生生物の採食域、移動域として重要です。
  • 当該地域と日本の鳥類の関連性
    サハリンで繁殖しているオオワシは、日本で越冬する個体群であることが日本政府の行った衛星追跡調査の結果等から判明しています(McGray et al. 2000, 2003)。また、サハリンは、日本で越冬するガンカモ類の主要な渡りルートのひとつになっています(宮林2002, Kanai et al. 1997)。
    なお、2003年10月にハバロフスクで行われた第5回日ロ渡り鳥保護・研究会議において、日本政府からロシア政府に対し、サハリンに生息するオオワシ、カラフトアオアシシギ、ハマシギなどの基礎的な生息状況を把握する共同研究の実施が提案されており、これらサハリンに生息する希少種に対する関心とサハリン地域の渡り鳥にとっての重要性が表明されています。
  • Important Bird Area
    BirdLife International が2004年11月にタイで発表したImportant Bird Areas in Asiaに、サハリン北東部湿地、チュレニー島、Nevskoye湖、アニバ湾が入っています。
    Important Bird Area (IBA;重要鳥類生息地)は、世界共通の基準に基づき選定した国際的に重要な鳥類の生息地。欧州、アフリカなど地域別に出版されており、このアジア版が”Important Bird Areas in Asia “のタイトルでこのほど出版されました。欧州ではIBAの過半数がEUの保護区であるSpecial Protected Areaに指定されており、またアフリカではIBAがラムサール登録湿地の選定に用いられるなど、重要な生息地のリストとして、世界的に評価されています。これらのことから、事業対象地域及びその周辺地域は、「国際的に保護が必要な地域」として認定されていると考えられます。

2.環境影響評価に係る課題

  • 環境影響評価書では、鳥類に関して基本的なデータが不足しています。少なくとも1に挙げたような鳥類の生息状況と、それらにあたえる環境影響(油流出事故が発生した場合の周辺地域への影響を含む)については、調査と検討が必要です。特にオオワシについては調査の精度の点で不十分であり、またその他のデータについても、より正確な調査が必要とされる可能性が高い、あるいはデータが不足しているなど、環境影響評価を行うための根拠として十分なレベルに達していないと思われます。
  • サハリンⅠをはじめとするこれまでの開発により、既に上記の鳥類生息地は環境に対するマイナスの影響を受けており、サハリンⅡによる累積的な影響が懸念されます。当該地域の生態系を保全するという観点からは、こうした累積的な影響についても十分に考慮される必要があります。
  • データが不十分とは言え、既出の環境影響評価書のデータからも、生物多様性保全、鳥類等野生動植物保護の観点から見た当該地域の重要性は非常に高いことは明らかです。しかしながら、当該地域の環境及び各種野生動植物の生息地保全の方法や、油流出によるインパクトと対処法など有効な対策については、明記されていません。特に、実際に油流出が起こった場合、その位置、流出量、季節、天候等によってどのように影響されるのか、またどのような対応が必要か、といった具体的なシミュレーションがありません。諸条件が違えば、影響の範囲、当該地域の重要生物種やその生息環境、対応の難易・対処法などは様々に変化すると考えられます。また、海域のみならず、事業対象地周辺の陸域・陸水域(感潮域を含む)、及びパイプラインが横断する河川付近での油流出については、甚大な影響を及ぼす可能性が高いため、今後十分に検討する必要があるものと考えます。

3.専門家による検証を行う場の設置

 貴行においては、現在、サハリンⅡに関する意見を広く求め、環境保全対策に反映させる手段として、一連の環境フォーラムを開催されています。しかしながら、当該事業に係る環境保全面については、課題が多岐に渡っているのみならず、オオワシのデータでも明らかなように不確実な情報が含まれている場合が想定されるなど、個々の課題について高度な専門的な知識が必要とされるものと考えます。また、環境フォーラムという、時間的にも短いテーブルでは、意見の吸い上げは可能であっても、諸課題に関する議論を尽くすことは困難と思われます。
 そのため、貴行の環境社会配慮確認のためのガイドラインに沿って、環境への影響を総合的に検討し、貴行が融資を行う際の判断材料とするために、環境に関する各分野の専門家が諸課題を検討し、保全対策及びその有効性に係る評価を行うことができる委員会の設置を貴行に要望する次第です。


参考文献

BirdLife International. 2004. ”Important Bird Areas in Asia “

McGray et al. 2000. Migration and wintering of juvenaile and immature Stellar’s Sea Eagles. In FIRST SYMPOGIUM ON STELLER’S SEA EAGLES IN EAST ASIA:83-90. Wild Bird Society of Japan.

McGray et al. 2003. Movements by juvenaile and immature Stellar’s Sea Eagles tracked via sattelaite. Ibis 145:318-328.

Kanai, Y. et al. 1997. The migration routes and important restsites of Whooper Swans satellite-tracked from northern Japan. Strix 15: 1-13.

宮林泰彦 2000. 東アジアガンカモ類ネットワークの発足とその意義. 琵琶湖研究所所報第18号: 104-108.

環境省自然環境局野生生物課2003年10月27日プレスリリース「第5回日ロ渡り鳥等保護・研究会議の結果概要について(お知らせ)」