
7年越しで完成したアジア版レッドデータブック
日本野鳥の会がアジアのバードライフ・インターナショナル(以下BLI)加盟NGOなどとともに1994年から7年にわたって調査と編纂を続けてきたアジア版レッドデータブック(以下RDB)がついに完成し、6月に出版されます。RDBとは、どの野鳥がどのくらい危機的な状態にあるのか、なぜそうなってしまったのかを分析したもので、保護を実施するための優先順位や対処法を検討するための基礎となる資料です。危機をイメージした赤い表紙で出版されているためにこの名前がついています。鳥類のRDBは、国際的にはBLIとその加盟NGOがコーディネートして作っており、今回のアジア版RDBでは環境省の委託を受けた日本野鳥の会が中心となって、アジア全体でRDB編纂のための活動を行いました。この調査でアジアの絶滅危惧種についての膨大な情報を集大成した結果、野鳥たちのおかれている危機的な状況が浮かび上がってきました。RDBの分析結果を中心に日本とアジアの絶滅危惧種について詳しくご紹介します。
8種に1種が絶滅危惧種。50種以上の野鳥が新たにリストに加わる

図1
図1〈カテゴリー別記載種数〉を見てください。アジア版RDBの結果は大変悲惨なものであり、アジア地域に生息する約3千の野鳥のうち323種(約12%)が絶滅の危機にさらされていることが分かりました。しかも、41種の絶滅危惧IA類のうち少なくとも8種はすでに絶滅している可能性が高く、例えばかつて日本にも飛来していたと思われるカンムリツクシガモ(表紙画参照)は、1970年代を最後に観察例が途絶えています。さらに絶滅に近い準絶滅危惧種317種を合わせると、実にアジアの野鳥の25%が深刻な危機に陥っていることになります。この結果は、アジア地域全体の生物多様性が低下していることを示唆しており、野鳥以外の生物においても同じような傾向が起きていることが予想されます。
BLIが1994年に行った前回の絶滅危惧種評価と比較してみても、今回新たにアジアで絶滅危惧種に加わった野鳥が50種以上もいます。なかでも過去10年間でもっとも衝撃的な変化があった種のひとつは、かつては南アジアに豊富にいた3種のハゲワシで、3種とも最近10年で、80%以上の個体数が減少したと推定されてます。激減の理由は伝染病という説が有力です。

図2
国・地域別ではどんな状況でしょうか。図2〈国・地域別絶滅危惧種の数〉を見てください。最も絶滅危惧種が多いのはインドネシア(115種)で、次いで中国本土(78種)、インド(73種)の順に続きます。日本の絶滅危惧種は32種でアジアでは9番目の多さですが、8位までの国が熱帯地域にあるか広大な国土を持っており、生息する野鳥の種数自体が日本よりも多いことを考えると、日本の絶滅危惧種の割合はかなり高いといえます。
絶滅危惧種の80%は森林の野鳥
絶滅危惧種にあげられた野鳥たちはどんな環境に生息しているのでしょうか。図3〈生息地別絶滅危惧種数〉を見てください。アジアの絶滅危惧鳥類のうち約80%は森林に生息する野鳥であり、森林の喪失による生息地破壊が野鳥を絶滅に追いやる最大の原因になっていることが分かります。森林破壊の要因を絶滅危惧種に影響を与えている順に並べると、木材の伐採のために被害を受けている種が最も多く、次いで耕作農業、焼き畑農業という順になります。さらに、近年増大しつつあるゴムや油ヤシのプランテーションによる森林破壊が、特にマレーシアとインドネシアで大きな問題になっています。油ヤシから作る洗剤は植物性で環境に優しいというふれ込み販売されていることがありますが、その生産のために広大な熱帯林が犠牲にされているのです。以上のような森林破壊の要因は互いに関連し合っており、たとえば択伐された森林が、その後焼き払われて整地され、農地やプランテーションに使用されるようなことが頻繁に起きています。

図3
野鳥にとって森林に次いで重要な生息環境は湿地(湿原、湖沼、干潟など)で、アジアの絶滅危惧種の約20%が湿地を利用しています。全世界の絶滅危惧種で見ると湿地に依存している種は約10%なので、アジアでの湿地の重要性は特に高いといえます。ダム建設や干拓などによる湿地の喪失や、食用に捕獲されることによって、大型の水鳥の多くが生息数を減らし絶滅危惧種に判定されています。

図4
絶滅は何に起因しているのでしょうか。図4〈要因別絶滅危惧種数〉を見てください。生息地破壊に次いで脅威になっているのは狩猟や捕獲など直接的な収奪行為で、程度の差はあるものの絶滅危惧種の約半数はこの影響を受けており、そのうち約70%が食料として、約30%が飼鳥として捕獲されています。観賞用や鳴き合わせ会のために野鳥を飼うことがアジアでは伝統的に盛んであり、経済的繁栄が増すにつれて、人々の要求はより珍しい種へと向かっていくことが予想されます。今後もさらに多くの野鳥が飼鳥用に乱獲され、絶滅危惧種に加わる可能性が高いでしょう。

今年2月に鳥類調査を行ったインドネシア・スマトラ島の熱帯林から材木を運び出すトラック。
このようなトラックが一日600台も通過する。(写真/神山和夫)
絶滅の危機を脱した種も
保護の取り組みによって絶滅状態を免れつつある種も少数ですが存在します。たとえば、クロツラヘラサギ、アホウドリなどは、依然として絶滅の危機にあるものの、保護活動の効果が現れ、1994年の絶滅評価に比べると絶滅危惧のランクが下がっています。このRDBでは野鳥の一種ごとについて、絶滅要因だけではなく、どうすれば保護する事ができるのかを提案していますが、今後これらの提案の実施に取り組むことでより多くの野鳥を絶滅の危機から救っていく必要があるでしょう。野鳥というすばらしい生きもの、そして彼らのすみかである生態系とその多様性を守るため、日本野鳥の会やBLIなどの保護団体が協力してこの困難な仕事に挑戦していかなければなりません。
最後に
日本の環境省はRDB作成の最大の支援者であり、環境省が行っているアジアの野鳥と生物多様性保護への取り組みは賞賛に値するものです。また、NTT-MEと東芝からも大きな支援をいただきました。さらに、ヨーロッパとアメリカ合衆国の基金、RSPB(イギリスの野鳥保護団体)をはじめとするイギリス・オランダ・デンマークのBLI加盟NGOからも支援金をいただきました。そしてコンサベーション・インターナショナルからの支援は、国際環境NGO同士の協力関係を築くという意味でも大変嬉しいことでした。
(バードライフ・インターナショナル アジア部門主任研究員 リチャード・グリメット)
(翻訳 国際センター 神山 /松野)
日本野鳥の会機関誌『野鳥』 2001年6月号より
Copyright (C) 2001 WING, Wild Bird Society of Japan
アジア版レッドデータブックは、Natural History Book Storeで購入できます。
http://www.nhbs.co.uk/
日本野鳥の会のホームページからも、全文のPDFファイルをダウンロードできます。(準備中)
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