メーキング・オブ「韓国の鳥」



 平成12年12月、ついに『原色野鳥図鑑韓国の鳥』が完成した。
 韓国のソウルで開かれた出版記念式典には、韓国国務総理、環境部長官をはじめ、政府関係者や自然保護関連の著名人約500名が集合した。テレビや新聞にも大々的に紹介され、韓国国内の環境に対する意識が高いことを示した。スタートから4年、図鑑完成までの道のりを振り返ってみる。



韓国大手企業グループLGとの出会い

 愛鳥家であるLGグループの具本茂会長は、超多忙なスケジュールの傍らオフィスから漢河(ハンガン)河口に集まる野鳥たちを眺め、バードウォッチングを楽しむ。所有する数多くの図鑑の中でも『フィールドガイド日本の野鳥』がお気に入りであった会長は、“未来の子供たちのために、韓国にもこのような図鑑があれば”と永年出版計画を模索していた。最近は、韓国でもアウトドア人口が増加し、これを機に野鳥図鑑を通じて自然保護問題に少しでも関心を持ってもらえればという思いでもある。韓国国内での制作も考えたが、『日本の野鳥』に惚れ込んでいた会長は国内制作費の約1.5倍をかけて、日本野鳥の会に委託した。これほどまでの意気込みの中で依頼を受けた私たちは、その思いに応えるべく早速図鑑の制作に取り組んだ。



特別チーム結成

 プロジェクトのスタート当初、この図鑑は韓国だけを対象とした鳥類図鑑となる予定であった。しかし、“鳥たちに国境はない”というスタンスのもと、私たちは北朝鮮に生息する野鳥たちをも網羅した朝鮮半島全体の野鳥図鑑を作成する計画を提案した。ツルやクロツラヘラサギの保護プロジェクトにおいて、20年来北朝鮮の鳥類学者との協力関係を持つ当会ならではの提案でもあり、世界の鳥学会においても南北朝鮮の野鳥を網羅した図鑑制作は画期的な計画であった。この提案に対してLGグループ側の賛成をいただき、図鑑制作に対する熱意はより一層高まった。
 まず、北朝鮮の鳥類学者へ鳥類に関するデータの提供を依頼し、日本経由で執筆担当の韓国の著者へ転送する。イラストはおなじみの谷口高司さん、分布図は浜屋さとりさん、そして印刷は(株)東洋館出版社、そして作業チームのサポート役としてLG秘書室、LGAD(LGグループの宣伝業務担当)と、まさに3カ国合同の特別チームが結成され、制作作業が始まった。



言葉の壁にも負けない心のふれあい

 図鑑制作にあたり、難しいポイントはやはり言葉であった。思っていることを100%伝えなければ、誤解が生じてしまう。そこで、在日朝鮮人4世である私が作業チームの通訳を担った。日本で生まれ育ち、朝鮮学校で学んだ朝鮮語を、朝鮮半島の野鳥図鑑のために活かせる喜びはひときわであった。図鑑が徐々に形になるにつれ、完成への期待とより良い図鑑を作りたいという意欲があふれた。特に、イラストの色指定に関する部分では、何度も何度も打ち合わせを重ね、かなりの時間と手間を費やした。回数を重ねるごとに、作業チームは言葉の壁を超えて、一つの図鑑のためにお互いの知恵を絞りあう熱心な人々の集まりとなった。国境を越えた心のふれあいを実感した貴重な経験であった。



図鑑を使ってできること

 この図鑑を使ってできることは図りしれないほどたくさんあると思う。
 日本や朝鮮半島を渡る種および生息地域に対する共同保護活動、図鑑制作によって明かされた北朝鮮に生息する固有種の合同生態調査研究、または図鑑を活用した日本と韓国の環境教育交流などである。その中で私たちは、この図鑑作成チームによって、最近映画でも話題になった軍事境界線(DMZ)付近の西海岸沿いに生息するアジアの希少種―クロツラヘラサギ(Black-faced Spoonbill)の生態調査を南北合同で実施しようと各関係者に提案する予定である。衛星追跡調査の結果、香港、台湾、ベトナムなどで越冬し、朝鮮半島の西海岸沿い−DMZ付近で繁殖するというクロツラヘラサギは、軍事的事情により正確な繁殖調査が未だ実施されていない状態である。この合同調査が実施されれば、今後この種の保護活動は飛躍的に前進し、さらにDMZ付近の定期的な生態調査が実施されれば、アジアをはじめ、世界的規模における生態系自然保護活動に好影響を及ぼすであろう。私たちは、図鑑を作成するのが最終目標ではなく、ここからが様々な保護活動へのスタートと考える。



図鑑への思い

 昨年の12月、ようやく図鑑が完成した。鮮やかな表紙イラストを眺めていると、今まで大変だったことが一気に吹き飛んだ。朝鮮籍で韓国を訪れることは国籍の関係上難しいことであるが、今回私は祖父母や両親も未だ行ったことのない韓国へ、この図鑑の出版記念式典に参加するために初めて訪れた。盛大に催された式典でのみんなの笑顔は忘れることはできない。これからこの図鑑が多くの人たちの手に渡り、朝鮮のすべての鳥について知ってもらえる。そんな素晴らしい仕事に国境を越えた心温まる出会いがあり、少しでも私自身が携わることができたことは本当にうれしく思う。21世紀の幕開け、この図鑑が野鳥を通じた人々の素晴らしい交流のはじまりでありますように。

文・沈 初蓮(国際センター 国際協力室)