プレスリリース 2018.05.11

北方四島における風力発電の導入に関して要望書を提出しました

 (公財)日本野鳥の会(事務局:東京、会長:柳生博 会員・サポーター数4万6千人)と日本野鳥の会根室支部(事務局:根室、支部長:加藤義則、会員数81人)は、日露共同経済活動に基づく風力発電の導入に関して希少鳥類への影響を防ぐ取り組みを求める要望書を日本政府に提出いたしました。

概要

 2017年9月に行われた日露首脳会談で、北方四島における共同経済活動の優先5項目の一つとして風力発電の導入が取り上げられ、さらに10月に行われた官民合同調査の際に予定地の現地視察がなされています。
 一方で、北方四島は、世界自然遺産「知床」に勝るとも劣らぬ優れた自然環境が残された地域であり、これまでに行われた、日露渡り鳥保護条約や日露隣接地域生態系保全協力プログラムにもとづいて進められてきた共同調査や北方四島専門家交流の成果から、北海道と共通する希少な鳥類の生息地であり、生物多様性保全にとって重要な地域であること、鳥類の行き来なども含めて、生物学的にも北海道と密接に関連した地域であることが明らかになっております。
 風力発電事業においては、立地選定を慎重に行わないと、バードストライクや生息地放棄などの影響が出ることが国内の事例で明らかとなっています。
 国内では風力発電施設の建設に伴う環境影響の研究実績の蓄積が進んできています。北方四島の風力発電事業にあたってはこれらの知見を活かして、環境影響を回避し、生物多様性保全との調和をとるべきと考え要望書を提出しました。

要望事項

 要望書では、以下の5項目を要望いたしました。

1.我が国における環境影響評価法に基づくものと同等の環境影響評価を実施すること。その際に、日本国内で培われてきた風力発電施設の建設に伴う環境影響の研究成果を反映させること。

2.発電施設の建設にあたっては、「猛禽類保護の進め方(改訂版)」(環境省 2012)に従い、建設予定地周辺で十分な現地調査を行ない、希少猛禽類であるオオワシ・オジロワシ等への影響を回避すること。特に繁殖を行なう希少猛禽類については、繁殖成功年を含む最低2シーズンの調査を行うこと。

3.希少な鳥獣への影響が回避できない場合は、建設予定地の変更を行なうこと。

4.ロシア政府およびサハリン州が設定している自然保護区には特に配慮し、風力発電事業の対象地としないとともに、隣接地域からも影響を与えることのないように配慮すること。

5.環境影響評価に際しては、両国の生物・環境保全に関する研究者の情報共有・意見交換を促進するとともに、その意見を協力事業に活かすこと。

要望書提出先

 外務大臣、経済産業大臣、環境大臣、北方対策担当大臣

本件に関するお問い合わせ先
(公財)日本野鳥の会 自然保護室 葉山
Tel:03-3536-2633 Email:[email protected]


日野鳥発2018-008号
平成30年5月11日

外 務 大 臣  河野 太郎 様
経済産業大臣   世耕 弘成 様
環 境 大 臣  中川 雅治 様
北方対策担当大臣 福井 照  様

公益財団法人日本野鳥の会
理事長 遠藤 孝一
品川区西五反田3-9-23


日本野鳥の会根室支部
支部長 加藤 義則


北方四島における風力発電の導入に関する要望書

 平素から、地球環境へのご配慮、生物多様性保全にご尽力いただいておりますことに敬意を表します。
 さて、2017年9月に行われた日露首脳会談で、北方四島における共同経済活動の優先5項目の一つとして風力発電の導入が取り上げられ、さらに11月17日に根室市で開催された北方領土関係情報提供セミナーにおいて、10月に行われた官民合同調査団の報告がありました。その中で国後島において2ヶ所、択捉島で3ヶ所及び色丹島で風力発電施設建設の候補地の視察が行われたことが紹介されました。
 北方四島は、世界自然遺産「知床」に勝るとも劣らぬ優れた自然環境が残された地域であります。これまでも、日露渡り鳥保護条約や日露隣接地域生態系保全協力プログラムにもとづいて進められてきた共同調査や北方四島専門家交流の成果から、北海道と共通する希少な鳥類の生息地であり、生物多様性保全にとって重要な地域であること、鳥類の行き来なども含めて、生物学的にも北海道と密接に関連した地域であることが明らかになっております。

 北方四島で風力発電施設を建設するにあたって最も懸念されることは、オジロワシやオオワシのバードストライクおよび各種希少鳥類の生息地放棄が発生することです。特に海ワシ類は国内外で、バードストライクの事例が多く、日本国内におけるオジロワシの死亡要因の最上位となっており、風力発電施設の国内における環境影響評価においても影響の回避や軽減策が求められるところです。

 海ワシ類以外にも、シマフクロウの繁殖や、タンチョウの繁殖および北海道との行き来に対しても悪影響を与える可能性があります。また、北方四島では陸生鳥類の78%が渡り鳥であるため(藤巻 2011)、渡りの経路におけるバードストライクや障壁影響の発生も懸念されます。

 さらに、コウモリ類は風力発電に対し、回転翼周辺の気圧変化により、内臓損傷を受けるなど脆弱性を持っています(日本野鳥の会 2009)。国後島では少なくとも10種のコウモリ類が確認されており、その中の2種(ウスリホオヒゲコウモリ、ホンドノレンコウモリ)は環境省版レッドリストの掲載種、また7種は北海道レッドデータブックの掲載種です。また択捉島でもウスリホオヒゲコウモリを含む4種が記録されています。これらについても風力発電事業の影響が懸念されます。

 他方で、日本では風力発電施設の建設に伴う環境影響の研究実績の蓄積が進んできています。北方四島の風力発電事業にあたってはこれらの知見を活かして、環境影響を回避し、生物多様性保全との調和をとるべきと考えます。

 以上の事から、北方四島における共同の風力発電事業において、以下の5項目を要望します。

1.我が国における環境影響評価法に基づくものと同等の環境影響評価を実施すること。その際に、日本国内で培われてきた風力発電施設の建設に伴う環境影響の研究成果を反映させること。

2.発電施設の建設にあたっては、「猛禽類保護の進め方(改訂版)」(環境省 2012)に従い、建設予定地周辺で十分な現地調査を行ない、希少猛禽類であるオオワシ・オジロワシ等への影響を回避すること。特に繁殖を行なう希少猛禽類については、繁殖成功年を含む最低2シーズンの調査を行うこと。

3.希少な鳥獣への影響が回避できない場合は、建設予定地の変更を行なうこと。

4.ロシア政府およびサハリン州が設定している自然保護区には特に配慮し、風力発電事業の対象地としないとともに、隣接地域からも影響を与えることのないように配慮すること。

5.環境影響評価に際しては、両国の生物・環境保全に関する研究者の情報共有・意見交換を促進するとともに、その意見を協力事業に活かすこと。


以上


別紙 絶滅のおそれのある種に関する情報

1.オオワシについて
 環境省レッドリスト(2017)で絶滅危惧Ⅱ類に挙げられている。ロシア極東のベーリング海沿岸部、カムチャツカ州、マガダン州海岸部、ハバロフスク地方の海岸部およびアムール川下流域、サハリン北東部で繁殖し、北海道本島と北方四島が主要な越冬地になっている(環境省 2014b)。1990年代以降、日露の共同研究を含め人工衛星を利用した個体追跡、足環やウイングタグ等の標識装着による海ワシ類の渡り経路に関する調査が行われ、オホーツク北部沿岸部、アムール川下流域、サハリンで繁殖するオオワシの多くは、北海道本島と北方四島で越冬することが明らかになっている。両地域で越冬するオオワシは約3,000羽で、個体群のおよそ半分にあたる。
 また、1998年~1999年の日露共同プロジェクトによれば、 12月~1月初めには2,000羽程の海ワシ類が国後島、色丹島、歯舞群島などで越冬しており、北海道本島と北方四島の越冬環境の保全は海ワシ個体群の維持に非常に重要といえる(白木ほか 2016)。また、北海道東部で越冬するオオワシが北方四島との間を行き来していることも明らかになっている(McGrady et al 2003)。

2.オジロワシについて
 環境省レッドリスト(2017)で絶滅危惧Ⅱ類に挙げられている。ユーラシア北部の広範囲で繁殖するが、北海道および北方四島を含む極東の集団とヨーロッパの集団は遺伝的に異なっており、保全上留意が必要である。また北方四島はカムチャッカで越夏したオジロワシの南下コースであることが知られている(Ueta et al.1998)。
 択捉島における調査結果では、知床半島での繁殖密度(0.09 pairs/km)に比べて高密度(0.23 pairs/km)であることが確認されている。(北方四島(国後島)の生態系-陸上動植物相調査-動物から見る北方四島の生態系保全:1999から003年調査結果の概要 北の海の動物センター)

3.タンチョウについて
 環境省レッドリスト(2017)で絶滅危惧Ⅱ類に挙げられている。1995~1996年の標識調査で、国後島と北海道東部との間の往来が確認されていたが、さらに2017年にNPO法人タンチョウ保護研究グループ(百瀬邦和理事長)と国後島のクリリスキー自然保護区(アレクサンドル・キスレイコ所長)など3団体の共同プロジェクトで、国後島ケラムイ崎でGPS発振器を装着された個体が北海道別海町や標茶町に飛来していることが確認された。

4.シマフクロウについて
 環境省レッドリスト(2017)で絶滅危惧ⅠA類に挙げられている。北海道本島、国後島、色丹島、サハリンなどのオホーツク海沿岸の島々に分布する亜種はエゾシマフクロウ(Ketupa blakistoni blakistoni)と分類され、ロシア沿海地方、マガダン付近にかけてのオホーツク沿岸域、アムール川中流域、レナ川上流、中国東北地方の大陸に分布する亜種はマンシュウシマフクロウ(Ketupa blakistoni doerriesi)とは異なるとされており(竹中2003)、種の保全上留意が必要である。
 国後島では1990年代から2000年代初頭に調査が行われており約80羽の生息が推定されている。北海道よりも生息密度が高く、そのため行動圏は、北海道では川沿いで約10kmであるのに対して、国後島では3~5kmと小さくなっている(竹中 2014、Grigoriev 2005)。
 色丹島では2013年に巣箱での繁殖が確認されているが、島の面積から、根室や国後島の集団との交流無くしては集団の維持が難しいと考えられている(竹中 2014)。

5.コクガンについて
 環境省レッドリスト(2017)で絶滅危惧Ⅱ類に挙げられている。秋季、国後島南部の泊湾やケラムイ湖、北海道東部の野付湾などで最大6,000羽程度の群が確認され、渡りの中継地として重要な場所である。国内での越冬数は2,000羽程度で、その他の個体の越冬地は不明(藤井 2017)。
 2017年から開始された衛星追跡で、泊湾、風蓮湖、浜中町琵琶瀬間での移動や往復が確認されている。

6.ヒシクイ(亜種オオヒシクイ)について
 環境省レッドリスト(2017)で準絶滅危惧に挙げられている。日本で越冬するオオヒシクイは主にサロベツを経由して繁殖地に渡ることが知られていたが、カムチャッカ半島で2000年に首輪をつけられた個体が、択捉島で回収されている。この個体は国内での観察記録では十勝地方を経由して、山形県や新潟県で確認されている。十勝地方で観察されるオオヒシクイは、現在数が増加しており、カムチャッカ半島の換羽地でのオオヒシクイの数も増加しており、今後北方四島や千島列島は、オオヒシクイにとって重要な渡りのルートと成る可能性がある(呉地正行 私信)。

7.コウモリ類について
 2014年に札幌で開催された日露隣接地域生態系保全協力シンポジウムの要旨集によれば、国後島で2010~2013年にかけて行われた調査で、10種のコウモリが記録されている(河合 2014)。そのうち2種が環境省レッドリスト(2017)の掲載種である(ウスリホオヒゲコウモリ、ホンドノレンコウモリ)(河合ほか 2011)。また7種が北海道レッドデータブックに掲載されている。ホンドノレンコウモリについては季節的な移動が示唆されており(河合ほか 2011)、またモモジロコウモリについては知床半島と国後島の海上を飛翔していたことから、国後島と北海道本島の間の移動の可能性が示されている(河合 2014)。

 択捉島中部では、ウスリホオヒゲコウモリを含む4種が記録されている(河合ほか 2013)。

 国後島記録種:モモジロコウモリ、ウスリドーベントンコウモリ(北海道希少種)、ウスリホオヒゲコウモリ(環境省絶滅危惧Ⅱ類、北海道希少種)、ヒメホオヒゲコウモリ(北海道絶滅危急種)、ホンドノレンコウモリ(環境省絶滅危惧Ⅱ類、北海道希少種)、キタクビワコウモリ、チチブコウモリ(北海道希少種)、ニホンウサギコウモリ、テングコウモリ(北海道希少種)、ニホンコテングコウモリ(北海道希少種)
 択捉島記録種:ウスリドーベントンコウモリ(北海道希少種)、ウスリホオヒゲコウモリ(環境省絶滅危惧Ⅱ類、北海道希少種)、キタクビワコウモリ、ニホンウサギコウモリ)

引用文献
・Grigoriev, E.M. 2005. 国後島と色丹島におけるシマフクロウの分布と生息数に関する新資料. 極東の鳥類32:50-52
・Ueta,M, Sato,F, Lobkov,E.G, Mita,N. 1998.Migration route fo White-tailed Sea Eagles Haliaeetus albicilla in northeastern Asia. Ibis 140:684-686.
・McGrady et al. 2003. Movements by juvenile and immature Steller’s Sea Eagles Haliaeetus pelagicus tracked by satellite. Ibis 145:318-328.
・大泰司紀之・小林万里. 2002. 北方四島(国後島)の生態系-陸上動植物相調査-. PRO NATURA FUND. http://www.nacsj.or.jp/pn/houkoku/h13/index.html
・河合久仁子・近藤憲久・マキシム アンチピン・大泰司紀之. 2011. 国後島のコウモリ相.根室市歴史と自然の資料館紀要23:63-68.
・河合久仁子・近藤憲久・ビクトル ボイコ・大泰司紀之. 2013. 択捉島中部のコウモリ類.根室市歴史と自然の資料館紀要25:9-20.
・河合久仁子. 2014. 日本と極東ロシアのコウモリ類.日露隣接地域生態系保全協力シンポジウム要旨集(2日目):19-22.
・河合久仁子. 2014. 北方四島のコウモリ類.日露隣接地域生態系保全協力シンポジウムワークショップ要旨集(1日目):16-18.
・川那部真・市田則孝・金井裕・川崎慎二・藤巻裕蔵・佐藤文男. 2002. 北方四島の鳥類相.Strix20:79-100.
・環境省編. 2014a. Red data book2014 1哺乳類.
・環境省編. 2014b.Red data book2014 2鳥類.
・白木彩子. 2014. オホーツク沿岸におけるオオワシ・オジロワシの近年の生息状況と保全の展望.日露隣接地域生態系保全協力シンポジウム要旨集(2日目):9-14.
・竹中健. 2003. 国後島シマフクロウ調査報告.
https://nippon.zaidan.info/seikabutsu/2003/01213/contents/0026.htm
・竹中健.外山雅大.大泰紀之. 2017. 北海道と北方四島の希少鳥類-シマフクロウ・タンチョウ・オジロワシの「今」を知る.知床博物館研究報告39.67-69.
・竹中健. 2014. 日本とロシアのシマフクロウ.日露隣接地域生態系保全協力シンポジウム要旨集(2日目):15-18.
・藤井薫. 2017. 日本におけるコクガンの個体数と分布(2014-2017年).Bird Research vol.13:A69-A77.
・藤巻裕蔵. 2011. 北方四島の鳥類相の特徴.利尻研究30:67-72.
・中川元. 2009. 鳥類:特にオオワシ・オジロワシ調査の成果と今後の動体予測.オホーツク生態系保全・日露協力シンポジウム報告書:81-112.
・ロシア国立クリリスキー自然保護区編. 2002. クリリスキー自然保護区年報「自然の年代記」鳥類編合本(1984-1999年度).野鳥保護資料集15.財団法人日本野鳥の会.
・北方領土・国後と道東往来 発振器装着し確認. 毎日新聞2018年1月8日.

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