当会の歴史

1934 日本野鳥の会創立
『野鳥』誌創刊
会報誌『野鳥』創刊号表紙
初の探鳥会となる「富士裾野鳥巣見学の会」開催
1937 日中戦争勃発
1944 戦争による影響で『野鳥』誌発行中断
1945 終戦
1947 『野鳥』誌復刊
鳥類保護連絡協議会(後の日本鳥類保護連盟)設立
かすみ網猟禁止
1950 朝鮮戦争勃発
バードウィーク(5月10~16日)制定
1956 水俣病公式に発表
1963 「狩猟法」が改正され「鳥獣保護法」に
1964 東京オリンピック開催
1970 財団法人となる
第1回かすみ網現地調査
日本初の自然保護デモ
1971 全国の干潟保護計画作成を求め環境庁に陳情
ラムサール条約採択
全国一斉ガン類調査
マガン・ヒシクイ・コクガンが天然記念物に
1972 日本列島改造論発表
日米渡り鳥条約調印
1973 ワシントン条約採択
干潟の鳥類の全国一斉調査を開始
1975 ベトナム戦争終結
第1回全国支部長会議開催
1976 野鳥保護基金開設
1977 国際水禽調査局(IWRB)
日本委員会の事務局を担当
1978 カモ網猟全面禁止を環境庁に申し入れ
全国野鳥繁殖地図調査(環境庁委託)を開始
ワシントン条約に関する国際シンポジウム開催
1980 ラムサール条約発効・ワシントン条約の締約国にフィールドマナー「やさしいきもち」を提唱
1981 北海道ウトナイ湖に日本初のサンクチュアリ(直営)をオープン
1982 第1回ガン・カモ類全国一斉調査
バードウォッチングウィーク(11月1~7日)提唱
『フィールドガイド日本の野鳥』、研究論文集『Strix』第1巻発行
1985 ツル保護特別委員会を設立
東京で第3回東アジア鳥類保護会議開催
1986 横浜自然観察の森オープン
第1回バードソン開催

チェルノブイリ原発事故
1987 タンチョウが繁殖する根室の湿原約7haを購入し、民間初の野鳥保護区を設置
鶴居・伊藤タンチョウサンクチュアリを設置(直営)

バブル景気
1989 東京港野鳥公園オープン
消費税導入/天安門事件
1990 人工衛星による渡り調査開始
東西ドイツ統一/湾岸戦争
1991 かすみ網の所持・使用・販売禁止を訴え、39万人の署名を国会へ提出(同年禁止に)
全国野鳥重要生息地調査を開始
ソ連解体/バブル崩壊
ウトナイ湖がラムサール条約登録湿地に
1992 千歳川放水路問題シンポジムを東京で開催
ブラジルのリオで地球サミット開催
1993 環境基本法制定
釧路市でラムサール条約第5回締約国会議開催
三宅島自然ふれあいセンター・アカコッコ館オープン
1994 バードライフ・インターナショナルの日本のパートナー団体に
1995 根室市に春国岱原生野鳥公園ネイチャーセンターオープン
「ヒナを拾わないで!!」キャンペーン開始

阪神淡路大震災/地下鉄サリン事件
1996 寄付付きピンバッジ「バードメイト」開始
1997 レンジャー養成講座開始
1998 バードウォッチング案内人研修会開始
1999 千歳川放水路計画が中止
2000 シンボルマークを制定
2001 アメリカ同時多発テロ発生
2003 国内167地点をIBA(重要野鳥生息地)に選定
野鳥保護区拡大のための事業所を根室市に開設

イラク戦争勃発
2004 根室の13haの森を購入し、シマフクロウ野鳥保護区を設置
2005 滋賀支部が設立され、全都道府県に支部が整う
愛知万博開催/京都議定書発効
バードウォッチング長靴発売
2006 フリーマガジン『Toriino』創刊
風力発電施設が鳥類に与える影響に関する国際シンポジウムを開催
2007 野鳥保護区の総面積が2千haを超える
東アジア・オーストラリア地域フライウェイ・パートナーシップのパートナーに
2008 リーマン・ショック
2009 シマフクロウの森を育てよう!プロジェクト開始
環境保全ワークキャンプ「グリーン・ホリデー」開始
伊豆諸島海域でカンムリウミスズメの生息状況調査を開始
2010 生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)開催。名古屋議定書採択・愛知ターゲット合意
2011 公益財団法人となる
東日本大震災/福島第一原発事故
2012 メジロの愛玩飼養目的の捕獲原則禁止に
福島県を中心に放射性物質の野鳥への影響調査を開始
「消えゆくツバメを守ろうキャンペーン」開始
2013 国際シンポジウム・野鳥と洋上風力発電開催
2014 北海道・フレシマでの風力発電建設計画が、当会の調査と要請によって中止に
当会独自の野鳥保護区が、民間保有としては国内最大規模に
福島で復興支援コンサート開催

2015 「ツバメの子育て状況調査」3年間のデータをまとめる
2016 「オオジシギ保護プロジェクト」を開始。送信機をつけた1羽が、越冬地に向けて苫小牧からニューギニア島までを7日間ノンストップで飛行したことを把握することに成功
2017 バードウォッチング長靴が「ロングライフデザイン賞」受賞
2019 シマアオジのための野鳥保護区を、北海道・サロベツ原野に設置

トピックス

支部の発足

創立当初から支部の設置が進み、札幌や京都、大阪など、戦前には8支部が発足した。第一号は東京農業大学支部

密猟対策

52年には「かすみ網復活」「ツグミ、アトリ、カシラダカを狩猟鳥に」を求める猟友会に対抗すべく、国会に請願・陳情。以降、密猟・違法販売の防止や空気銃の規制運動(54年)、鳥獣保護法への改正の働きかけなどを行なっていく


かすみ網の実態調査

財団化による組織強化

事務所開設には三井不動産社長(当時)の江戸英雄氏が尽力。財団法人発起人名簿には、当時国務大臣の中曽根康弘氏やソニーの井深大社長、作家の井上靖氏、井伏鱒二氏などそうそうたる名が並んだ

国際協力への貢献

ラムサール条約、ワシントン条約加盟に至る牽引役として尽力


ワシントン条約シンポジウム

サンクチュアリ運動

市民の手による初のサンクチュアリがウトナイ湖に誕生。その後、自治体からの受託も含めたサンクチュアリを各地に展開


建設中のウトナイ湖サンクチュアリ

希少種の保護1.タンチョウ

これまで国などが行なっていた給餌に加え、タンチョウを湿原の生物多様性保護のシンボルとして生息地・繁殖地の保全に取り組む

東アジアにおける希少種保護を牽引

アジア版レッドデータブックや日本のIBA(重要野鳥生息地)のリスト作成に中心的な役割を果たす


「ツル保護募金」への協力を呼びかけた新聞広告(1985年)

開発事業への提言

北海道勇払原野(千歳川放水路)、愛知万博、千葉県三番瀬などの大規模開発に対し、支部との粘り強い運動の結果、中止や見直しに至る


ラムサール釧路会場の前で千歳川放水路計画反対をアピール

湿地・里山の保全

身近な自然環境として湿地(92年~)、里山(96年~)の保全活動に取り組む

希少種の保護2.シマフクロウ

森の生物多様性のシンボルとして、保護区拡大、道東での森林環境の整備、巣箱や給餌用生け簀の設置に取り組む

希少種の保護3.カンムリウミスズメ

海洋環境保全のシンボルとして、伊豆諸島海域を中心に生息数や繁殖地の調査を実施。日本のマリーンIBAの選定、重要海域の抽出に貢献

持続可能な社会を

持続可能な社会を目指して、野鳥や自然環境に配慮した風力発電開発、脱原発に向けた提言のほか、原発事故による野鳥への影響調査も継続して行なう

日本野鳥の会歴代会長

山下静一 【やました せいいち】 1981年~
元経済同友会副代表幹事
初代会長中西悟堂の後を継いで2代目会長に就任。1970年、当会が財団法人化するにあたり尽力。会員増と組織の整備に努めるとともに、『野鳥』誌をB5判化、内容を刷新した。経済同友会で培った人脈を生かし、会の活動をより堅固なものにした。日中渡り鳥条約の提唱者。

黒田長久 【くろだ ながひさ】 1990年~
鳥類学者
1981年、当会理事に就任。85年、「ツル保護特別委員会」を立ち上げ、ツル類の保護活動に着手。会長就任の前年には、山階鳥類研究所の所長にも就任。鳥の科学を普及するだけに及ばず、野鳥を通した文化を浸透させることの大切さを説き、みずからも野鳥の絵画や詩歌を多数残した。日本鳥学会6代・8代会頭。

小杉 隆 【こすぎ たかし】 2001年~
前衆議院議員・自由民主党所属
環境・公害問題をライフワークに掲げ活動。1989年、衆議院環境委員会筆頭理事、当会理事に就任。カスミ網問題ヨーロッパ調査団の団長として訪欧、その後、かすみ網販売規制の法改正案が衆・参議院で可決される。

柳生 博 【やぎゅう ひろし】 2004年~
俳優・作庭家
1961年に東映映画でデビュー。以降、司会やナレーション、講演会など多方面で活躍。俳優業の傍ら、雑木林の整備に着手、山梨県八ヶ岳山麓に「八ヶ岳倶楽部」を構え、野良仕事の大切さを説いている。1986年より当会会員。「生きものの身になって考えることから」が信念。

上田恵介 【うえだ けいすけ】 2019年~
動物生態学者・元日本鳥学会会長
鳥類を中心に動植物全般の進化生態学のほか、環境問題の研究にも取り組む。会員による鳥類学論文集『Strix』の編集長も務める。