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2025年5月16日 更新
日本野鳥の会 会長 上田恵介
勇払原野を視察「生態系への影響」を考える
4月に当会のウトナイ湖サンクチュアリ(北海道)に行ってきました。サンクチュアリのレンジャーたちとの交流と、ウトナイを囲むタンチョウやチュウヒが生息する勇払原野に計画されている風力発電施設について、現地の保護団体の方々からの意見聴取と現地視察が目的でした。
久しぶりのウトナイ湖ネイチャーセンターでしたが、センターのまわりの林では、シラカバやズミ、ヤナギ類が芽吹き、アオジやクロツグミなど、夏鳥たちも到着していました。そして湖の対岸にはオジロワシの大きな巣が遠望できました。
大規模風力発電の建設計画が進む勇払原野
風力発電所の建設が計画されているのは勇払原野の東側にある厚真町浜厚真地区です。ここはウトナイ湖サンクチュアリに隣接し、自然度の高い湿原、草原、湖沼等がまとまって存在し、多数の希少動植物が生息・生育しているエリアです。雪が溶け、枯れたヨシが一面に広がっている早春の勇払の湿原には、真っ黒になった夏羽のノビタキのオスたちがあちこちにとまっていて、その上をチュウヒが悠然と滑空していました。オオジシギは到着したばかりのようで、盛んにディスプレイフライトを繰り返していました。最大6羽ものオオジシギが「ズビーヤク、ズビーヤク」と鳴きながら空中でもつれあっているのは圧巻の光景でした。浜に出ると、2羽のオジロワシが悠然と舞ってくれました。


草原や湿原で繁殖をするオオジシギ(左・撮影地:釧路湿原)やチュウヒ(右・撮影地:宗谷地域)
この湿原ではタンチョウの繁殖も確認されています。2017年に最初のつがいが営巣しヒナを育て、それ以降も定着して繁殖を繰り返しています。これを地元、むかわ町で活動する「ネイチャー研究会inむかわ」や「タンチョウ研究所」、当会の苫小牧支部、ウトナイ湖サンクチュアリのレンジャーたちがずっと見守っています。
ネイチャー研究会inむかわ、タンチョウ研究所、日本野鳥の会苫小牧支部のみなさんと
生態系への影響
もしここに風力発電所が建設されたら、この地域の生態系や生物多様性に大きな影響をおよぼすことが予想されます。現在、この事業については、環境大臣や北海道知事、関連市町の首長、地元住民からの厳しい意見を受け、事業者は計画当初の10基のうち、タンチョウやチュウヒが営巣する海岸線に設置が計画されていた5基の建設を断念しました。
しかし風車の数の削減によって、希少鳥類の生息環境の消失やワシ類およびガン類の渡りへの悪影響の懸念が払拭されたわけではありません。残る5基の周辺にも同様の環境が広がっていることから、とくにチュウヒやワシ類の衝突の危険が予測されます。海岸線の5基だけでなく、残りの5基についても、影響がないように中止を含めた建設計画の再考を引き続き求めるとともに、関係機関に対して当該地域における希少鳥類の生息環境保全を訴えていきたいと思っています。
風車の近くを飛翔する鳥たち(撮影地:宗谷地域)
いまさらですが、ワシ類の風車への衝突は深刻な問題です。オオワシやオジロワシなどのワシ類は空を舞いながら地上にいる獲物を探し、常に下を見ているのです。今の風車はどんどん巨大化して、風車の羽(ブレード)の回転直径は130mにも達しています。これくらい巨大な羽になると、遠くからではゆっくり回転しているように見えます。しかし羽の先端は、新幹線の速度ほどの高速で回転しているのです。そしてワシたちは獲物を探して、地上を見ながら、回転しているブレードの高度に滑り込んでくるのです。
オジロワシの多くは冬鳥だが、近年、勇払原野では繁殖が確認されている(撮影地:根室)
実際、北海道幌延町の風力発電所で深刻なバードストライクがおきています。令和5年5月の運転開始から今年3月までの2年弱で、14基の風車が立つエリアで立て続けにバードストライクが発生し、オジロワシ9羽、オオワシ1羽が死んだのです。これを受けて風力発電所の運営会社は3月から風車14基の運転を、日中、全面停止しています。鳥の保護のための風力発電の運転停止は極めて異例とマスコミは報じていますが、北海道から東北にかけて、海岸線に近い風発ではこのような事故が少なからず生じているはずです。
地元の自然保護団体によると、環境影響評価(アセスメント)手続きの「準備書」段階の住民説明会でバードストライクの懸念が出た際に、会社側は「20年間に数羽しかバードストライクが起きる可能性がないことから、ほぼ問題ない」との回答をしたといいます。一体、何にもとづいて、こんなことを言うのでしょう?
北海道から東北一帯の海岸線における冬季の風車へのワシ類の衝突事故はこんなものではないと思います。私個人としては、北海道から東北にかけての海岸線に立つ風車は、多くのワシ類が越冬する冬季の昼間は運転停止し、衝突が起こった場合には、運営会社に対して厳しい罰則を科すくらいしなければならないと考えています。
さまざまな開発計画
ところでラピダスって聞いたことがありますか?政府主導の次世代半導体の量産を目指す事業を、ラピダスという企業が千歳市で計画しています。一つの会社に対して、今年度の補正予算で1兆円という天文学的な税金を投入するという国家規模の大事業です。半導体開発ではすでに台湾に先を越されているから、技術立国たるべき日本はそれを追い越して、世界的規模での半導体立国を目指すべきだという政府の考え方による事業です。
そのラピダスが立地を計画している地域は、ウトナイ湖サンクチュアリを含む勇払原野の水系のまさに上流部なのです。建物の面積はほぼ東京ドームと同じ広さだそうで、大量の工業用水は太平洋に流れ込む安平川から取水して、日本海へ流れ込む石狩川支流の千歳川へ排水する計画になっていて、この影響も未知数です。開発は1つの工場建設だけにはとどまらず、周辺にパートナー企業や研究機関と共同で開発を行うための施設も作られていくでしょう。将来的には北海道のシリコンバレーを目指すそうです。そうなった時、勇払原野の生態系はどうなっていくのでしょう。
私たち日本野鳥の会は、地元住民の声を聞きつつ、乱開発には歯止めをかけ、将来にわたって勇払原野の生態系を守っていくために力を尽くしたいと思っています。
日本野鳥の会 理事長 遠藤孝一
メダカの学校は田んぼの中
ひと雨ごとに緑が増し、春が進んでいきます。田んぼの横を流れる土の水路にも水が増え、「春の小川」は「さらさら」と流れていきます。そして、その水を田んぼに引き入れると、一緒にメダカたちも入って来て、田んぼは「メダカの学校」になります。
メダカの学校(田んぼで泳ぐメダカの群れ)
関東地方の一部にすむ希少なメダカ
我が家の田んぼ、小川とその上流のため池には、メダカが生息しています。近年、メダカは遺伝学的研究によって、北日本にすむものが「キタノメダカ」、東日本から南日本にすむものが「ミナミメダカ」と2種類に分けられました。さらにミナミメダカのうち関東地方の一部にすむ地域個体群は種こそ分けられてはいませんが、他のミナミメダカの地域個体群とは異なる古い遺存的な遺伝子型を持っており、極めて希少な「関東メダカ」と呼ばれています。
希少な関東メダカ
我が家の田んぼにすむメダカは、この希少な関東メダカです。10年前にここに移り住んだ時、たまたまため池で泳ぐメダカを見つけ、それを宇都宮大学で遺伝子分析してもらったところ、関東メダカだということがわかりました。ここにメダカが残っていたのは、ため池が人家の前を通らないとたどりつけない谷津田の奥にあったため、外来種のブラックバスなどが放流されることなく、また人による乱獲もされることなく、生息が維持できたからです。
水が入ったばかりの春の谷津田
関東メダカについて
メダカは遺伝学的研究に基づくと、北日本型、南日本型、関東固有型の3つの型に分けられます。以前は日本のメダカは1種でしたが、近年北日本型が含まれる北日本集団と、南日本型と関東固有型が含まれる南日本集団を異なる種として2種に分け、それぞれキタノメダカ、ミナミメダカと命名しました。しかし、関東固有型(通称関東メダカ)は、種としてはミナミメダカに含まれますが、他の南日本集団とは異なる固有の遺伝子を持っていることから、日本のメダカが3つの集団に分かれていた極めて古い時代の生き残りの可能性があります。
里山の生態系を支える生きものたち
しかし、私が移り住んだ時、ため池の下流にある田んぼは耕作放棄されており、ため池と田んぼをつなぐ土の水路も含めて荒れていたため、メダカの生息には適していませんでした。それが、米作りを再開したことで、ため池と田んぼが繋がってメダカが田んぼに入ることができるようになり、安定した生息地になりました。
田んぼは川や池などよりも温かく、餌となるプランクトンが多く発生するため、メダカの稚魚が速やかに成長することができます。また、田んぼは水深が浅いため捕食者である大型魚が生息しにくく、稲がサギなどの野鳥からの隠れ場所になります。田んぼは、メダカにとっては最高の生息環境なのです。
今では、田んぼで繁殖して増えたメダカが、秋の頃になると田んぼ一面で見られるようになり、その数は数千匹以上になります。この膨大なメダカが、タイコウチやミズカマキリなどの肉食の水生昆虫やトンボの幼虫(ヤゴ)の餌になり、豊かな里山の生態系の基盤を支えています。
自然観察会でメダカについて解説
タイコウチとミズカマキリ
これからも、この希少なメダカとそれを取り巻く生態系を守るためにも、無農薬で生きものにやさしい米作りを続けていきたいと思います。