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2026年9月1日 更新

日本野鳥の会 会長 上田恵介

ブナ林のこと

日本の森のイメージは?と聞かれて、まず思い浮かぶのはブナの森です。屋久島の苔むした屋久杉の森も美しいですが、私たちにとって身近な美しい森というとブナの原生林だと思います。ブナ林とはブナを中心に様々な落葉広葉樹が生育している天然林のことです。日本には昔からこのブナ林が各地に広がっていました。ブナの原生林は日本の自然がつくった美しい森です。

早春のブナ林(白神山地)早春のブナ林(白神山地)

カタクリ(白神山地)
カタクリ(白神山地)

ブナは落葉樹だから冬になると葉を落とし、春になると林床は陽の光がさしこんで明るく、カタクリやギフチョウなどのスプリング・エフェメラル(春の妖精)と呼ばれるさまざまな花や虫たちに生息場所を提供します。そして秋には小さな実が熟します。ブナの実はドングリの仲間ですが、タンニン含量が少ないのでまったく渋くなく、カケスやツキノワグマ、アカネズミなど、山の動物の大切な食料源になっています。友人の研究者のIさんは、秩父のブナ林をフィールドにしていますが、ブナの実が豊作の年には、ブナの実クッキーを焼いてきて、皆に振る舞ってくれます。

世界遺産の白神山地

日本では古くから人々は燃料(薪炭)、食材(山菜、動物性蛋白)という生活の糧を求める場として山を利用してきましたが、アクセスの容易な人里に近いところで、まとまった面積でブナ林が残っている場所はほとんどありませんでした。しかし人々の生活範囲からやや離れた標高の高いところには、広い面積でブナ林が残っている場所がありました。日本でブナの原生林がまとまって残っている貴重な地域のひとつが、秋田県から青森県にかけて広がる白神山地です。白神山地は1993年12月に日本で初めてのユネスコ世界遺産に登録されました。登録理由として、「人の影響をほとんど受けていない原生的なブナ天然林が世界最大級の規模で分布」と記されています。全体の面積は13万haありますが、そのうち約17000ha (169.7km²) がユネスコの世界遺産(自然遺産)に登録されています。青森県側の面積はそのうち126.3km²を占め、全体の74%、残る43.4km²は秋田県北西部に位置しています。

ブナ林減少の要因

夏のブナ林(群馬県沼田市玉原)夏のブナ林(群馬県沼田市玉原)

国内からブナ林が減少してしまった要因の一つに、かつてのブナの天然林がスギやヒノキの植林に置き換わっていったことがあります。この流れは自然に起こったものではありません。ブナ林は戦後、国(林野庁)によって主導された拡大造林政策によって、多くの場所で壊滅したのです。拡大造林(かくだいぞうりん)とは、天然林の伐採跡地にスギやヒノキの人工林を造成することでした。国内では戦争で焦土と化した都市の木造住宅建設の需要増大にともない、1950年代後半以降、“国策“として積極的に推進されました。これが拡大造林政策です。拡大造林では天然林を皆伐して、その跡地にスギとヒノキの単一樹種の植林が行われました。これによって国土の約1割が人工林に置き換えられてしまいました。さらには1960年代からはじまった高度経済成長政策の波に乗って、各地に建設された大規模な林道は、その周囲に残っていた天然林の破壊を招きました。

しかし流れは変わります。1970年代からは、私たちも関わった自然保護運動の高まりもありましたが、外国産木材の輸入拡大、山間地における林業従事者数の減少、無理な植林を山奥にまで進めた結果の伐採・搬出コストの増加などにより、この政策は1996年には終了しました。

秋のブナ林谷川岳西黒尾根から見た白毛門(しらがもん、朝日連峰)麓のブナ林

ブナの積極利用 ―スノービーチプロジェクト―

先日、只見(福島県)にあるブナセンターの所長・紙谷智彦さん(昔の種子散布研究の仲間。30年ぶりの再会。新潟大学名誉教授)に、講演会で只見に行った折りに、福島県との県境に隣接する新潟県大白川村のブナ林を案内していただきました。私はまったく知らなかったのですが、ここ大白川村には、東北地方の各地と同じく100年以上もブナ林を村の共有の薪炭林として利用してきた歴史があります。いわばブナ林の里山です。このブナを林業資源として利用できないかというのが紙谷さんのスノービーチプロジェクトです。スノー(雪国の)ビーチ(ブナ)を生かした付加価値の高い製品を作り、それによって地域の活性化につなげていこうという地域再生の試みです。

密生したブナ林を間伐で綺麗な林にそろえ、林業資材としての価値を高め、村、森林組合、製材所、家具会社などさまざまな組織とネットワークを作り上げ、家具材としての利用を図ろうというプロジェクトです。ブナは伐採して短期間で変色する、水を吸収すると腐りやすいなどの性質があって、建材としてはあまり適していないのですが、美しい木目を生かした家具材としては優れており、木材の乾燥技術の進歩で家具や床材、合板など様々な用途に用いられるようになってきています。

私たちはブナ林を守るというと、つい原生林としてのブナ林保護と考えてしまいがちですが、そうではなく、ブナ林業という新しい観点からの取り組みも見直すべきだと思っています。もちろん原生林としてのブナ林は守られねばなりませんが、地域と共生したブナ材の積極的な利用という観点はとても重要だと思います。

ブナの大きな原生林は白神山地でしかみられなくなりましたが、小さな規模のブナ林なら、まだまだ各地に残っています。新緑のブナ林や秋の紅葉したブナ林など、季節が変わるとさまざまな姿を楽しめるのもブナ林の魅力です。大白川村の雨のブナ林。樹幹流が音もなくブナの幹を流れていました。

岐阜県・大白川のブナ林にて
新潟県・大白川のブナ林にて


過去のメッセージ

プロフィール

日本野鳥の会 理事長 遠藤孝一

カブトムシとクワガタから、里山林の未来を想う

昨年の夏ごろから、私が運営にかかわっている「サシバの里自然学校」で、樹液が出る木が増えてきました。今年も、大きなコナラの幹にいくつもの小さな穴が開き、そこから樹液が出ています。カブトムシやクワガタも集まるようになり、子どもたちは大喜びです。

コナラの大木に樹液を吸いに集まったカブトムシ
コナラの大木に樹液を吸いに集まったカブトムシ

カシノナガキクイムシは5mmほどの小さな甲虫(都立東京港野鳥公園・レンジャー撮影)
カシノナガキクイムシは5mmほどの小さな甲虫
(都立東京港野鳥公園・レンジャー撮影)

ところが、この状況を単純に喜んでいるわけにはいきません。というのも、樹液が出る木が増えた原因の一つに、カシノナガキクイムシ(以下「カシナガ」)による被害が考えられるからです。カシナガは体長5mmほどの小さな甲虫で、産卵のためにコナラなどの幹に穴を開けて入り込みます。その際に、木の中へ「ナラ菌」と呼ばれる菌を持ち込みます。この菌が木の中で広がると、木が水を運ぶための道管がふさがれ、根から葉へ水が届かなくなります。その結果、葉が枯れ、やがて木全体が枯れてしまいます。これが「ナラ枯れ」です。

なぜ樹液にカブトムシやクワガタが集まるのか

そもそも、なぜ木から樹液が出るのでしょうか。コナラやクヌギなどの木の幹がカミキリムシなどの昆虫にかじられたり、傷ついたりすると、傷口から水分や糖分などを含んだ液体が染み出してきます。さらに、その液体に含まれる糖などが発酵すると、甘酸っぱい独特のにおいが生まれます。このにおいに誘われて、カブトムシやクワガタなどの昆虫が集まってきます。もちろん、木が傷ついたからといって、すぐに枯れるわけではありません。木には、傷口をふさいで自分の身を守る仕組みがあります。樹液を固めたり、傷口の周囲の細胞を増やしたりして、乾燥や病原菌、害虫などの侵入を防ぎます。そのため、普通の傷で木が枯れてしまうことはほとんどありません。

樹液を吸いに来たコクワガタ樹液を吸いに来たコクワガタ

ナラ枯れは、普通の「木の傷」とは違う

一方、カシナガによる被害では事情が違います。カシナガが木の中へ侵入するときにできた穴から、樹液が出ることがあります。しかし、問題はその後です。カシナガによって木の中に持ち込まれたナラ菌が広がると、水を運ぶ道管をふさいでしまいます。その結果、根から葉へ水を運べなくなり、葉が枯れ、やがて木全体が枯死してしまいます。ナラ枯れによって木が枯死する割合は半数程度とされていますが、特に高齢で大きな木では、ほとんどが枯れてしまう例もあります。そのため、自然学校内に樹液の出る木が増え、カブトムシやクワガタが集まるようになったことを、単純に喜んではいられないのです。

なぜ、ナラ枯れが増えているのか

カシナガはもともと日本にいる昆虫で、外来種ではありません。しかし、ナラ枯れの被害は近年になって全国的に目立つようになりました。現在では本州、四国、九州の広い地域で確認され、2023年には北海道でも初めて確認されています。

その背景の一つとして考えられているのが、里山が以前ほど利用されなくなったことによる、広葉樹の高齢化です。昔の里山では、薪や炭、落ち葉などを利用するために、木が定期的に伐られていました。ところが、こうした利用が減ったことで、里山には伐採されずに年齢を重ねた木が増えています。高齢の木は、若い木と比べて水を運ぶ力や、病原菌などに対する防御力が弱くなっていると考えられています。そのため、カシナガが侵入したときにナラ菌の被害を受けやすくなるのです。

計画的な伐採と育林を通じて、生物多様性豊かな里山林をつくる計画的な伐採と育林を通じて、生物多様性豊かな里山林をつくる

ナラ枯れへの対策としては、カシナガが成虫になって飛び出す前に、木の幹へ薬剤を注入する方法や、粘着シートや殺虫剤などを使って成虫の侵入を防ぐ方法があります。ただ、サシバの里自然学校では、被害が確認され始めたのは昨年からで、現在のところ被害木もまだ多くありません。また、自然学校という場所だからこそ、できるだけ薬剤に頼らずに対応したいと考えています。そこで今のところは、被害木を早期に伐倒し、薪などとして利用することで、カシナガが発生する場所を減らす方法をとる予定です。

また、これを単なる「ナラ枯れ対策」で終わらせることなく、計画的な伐採と植樹、育林を通して、広葉樹林の若返りや多様な樹齢からなる里山林の育成につなげていきたいと思います。草地から高木林にいたるモザイク的な森林環境が多くの生きものの命を支えます。そんな健全で生物多様性豊かな里山を未来につないでいくことを目指して、これからも汗を流していきます。

植樹のためにクヌギのドングリから苗木を育てる植樹のためにクヌギのドングリから苗木を育てる


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