トップメッセージ 2024年7月

2024年7月2日 更新

日本野鳥の会 会長 上田恵介

第1回探鳥会の地 須走へ

90周年記念式典・探鳥会

6月2日、富士山のふもとの小山町須走(すばしり)において、地元の日本野鳥の会東富士の主催による「探鳥会発祥の地 90周年記念式典」と「記念探鳥会」に参加してきました。

ここ須走は日本野鳥の会初代会長の中西悟堂が、1934年に日本で初めて野鳥の観察会を開いた探鳥会発祥の地です。当時から、野鳥の宝庫として知られ、この探鳥会には北原白秋や柳田國男、金田一京助、新村出、杉村楚人冠ら、当時の著名な文化人35名が参加していました。

当時、鳥は飼って楽しむものか狩猟の対象であって、野外で鳥を見て楽しむ探鳥という文化は存在しませんでした。そんな時代に「野鳥」という言葉をつくり、「野の鳥は野に」と主張して、探鳥会を始めたのが中西悟堂でした。須走にある冨士浅間(せんげん)神社の境内には、日本野鳥の会創立70周年を記念して、地元の日本野鳥の会東富士(当時の御殿場支部)や町民らの寄付によって中西悟堂の記念碑が建てられています。

会長あいさつのようす

会長あいさつのようす。式典は冨士浅間神社で厳かに行なわれた

須走を野鳥の聖地に

だから須走は今風に言うなら、日本のバードウオッチャーの”聖地”とも言うべき場所です。しかしそれが会員も含め、多くの人にはまだまだ認識されていないのではないかと、ちょっともどかしい思いを感じています。須走を日本野鳥の会公認の“聖地”として、将来的にいろんな環境整備に取り組んでもいいのではないかと思います。

たとえば余裕があれば、鳥の多い森をサンクチュアリとし土地を買って、レンジャーの常駐するビジターセンターを建設するとか、いろんなアイデアが湧き出てきます。この地を聖地としてもっと宣伝すれば、外国からのバードウオッチャーもたくさん呼び込めるし、それは地元小山町の観光振興にもつながり、大きな経済効果をもたらすと思います。

90年前と同じルートをたどった記念探鳥会

90年前と同じルートをたどった記念探鳥会

広めたい、可愛いキッズ隊の活動

6月2日の探鳥会には、地元の支部・連携団体のメンバーや子供たちとその保護者など、総勢50人以上の参加がありました。どこの支部でもシニアが多いのが普通の光景なのに、ここはやけに子供たちが多いなと思ったら、地元の支部が「東富士キッズ隊」という小学生グループを組織して、富士山をホームグラウンドとした野鳥保護活動に取り組んでいるということを知りました。子供たちが野鳥を通して自然や生態系を学ぶ「キッズ隊」は、支部会員の指導を受けて野鳥観察や富士山のごみを減らすために登山者や観光客への呼びかけ運動にも取り組んでいるそうです。

今回の記念式典では、このキッズ隊の子供たちが中西悟堂作詞の鳥の歌の合唱を披露してくれました。そのうちの一つ、「サンコウチョウ」の番の歌詞を紹介します。

「長い尾をしてホイホイホイ、
森の茂みを抜けてはくぐり、
青いメガネでホイホイホイ」

という子供たちにも歌いやすい、可愛い歌です。
このキッズ隊というアイデアは、全国の他の支部にもどんどん広めていって欲しいものです。

中西悟堂の記念碑の前で、探鳥会参加者一同の記念撮影

中西悟堂の記念碑の前で、探鳥会参加者一同の記念撮影

 

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日本野鳥の会 理事長 遠藤孝一

田んぼで草取りしながら農政を想う

田植え後の田んぼを子どもたちと手入れ

いつもは静かな山間の谷津田に、子どもたちの声が響きます。
今日は、私が運営にかかわる「サシバの里自然学校」の「農的暮らし講座」の2回目。田んぼの草取りです。

1回目の5月下旬には、田植えを行ないました。その後、イネの成長とともに雑草が生えてきたので、今回はそれを取り除きます。草取りの方法は、昔から使われてきた「田ぐるま」と最新式(?)の手製の「田こすり」。田ぐるまは、回転する部分に短い鉄製のつめが多数ついており、それを押しながら田んぼの中を進みます。田こすりは、棒の先につけた板の後ろに金具を取り付けて、それを針金で結んだもので、これで田んぼの地面をごしごしこすります。ともに、田んぼの土を攪拌(かくはん)して、雑草を根ごと剥ぎ取ります。これをしないとコナギなどの雑草が一面はびこってしまい、大変です。また、この作業を通じて、イネの根に酸素が送り込まれ、呼吸や発根も促進されます。

田ぐるまを使って田の草取り
田ぐるまを使って田の草取り
田ぐるまと田こすり
田ぐるまと田こすり

無農薬・無化学肥料の田んぼで生きもの観察

ところで、この田んぼに雑草が生えるのは、除草剤を使わずに、無農薬・無化学肥料で米づくりをしているからです。加えて、土水路(小川)と田んぼをつなげて魚や小動物が移動しやすい構造にしています。だから、ここには、たくさんの生きものがいるのです。そこで、草取りの後には、生きもの観察を行なって参加者の皆さんにそれを実感してもらっています。

水から顔を出したトウキョウダルマガエル
水から顔を出したトウキョウダルマガエル
田んぼに生息するミナミメダカ、キンブナなど
田んぼに生息するミナミメダカ、キンブナなど

生物多様性豊かで持続可能な農業へ、一歩前進

生きものの生息環境としても重要な田んぼですが、現在農地から多くの生きものが姿を消すなど、持続可能な農業の基盤となる生物多様性が急速に低下しています。そのような中、農政の基本理念や政策の方向性を示す「食料・農業・農村基本法」が、この5月に改正されました。

今回の法改正では「食料安全保障」ばかりに目が行きがちですが、実は「環境」についても前進がありました。「環境との調和」が基本理念に追加され、不十分ながらも施策の柱として環境政策が書き込まれました。日本野鳥の会では、今後も環境NGOや研究者などと連携して、生物多様性豊かで持続可能な農業・食料システムへの転換に取り組んでいきます。

水路と田んぼがつながる谷津田

水路と田んぼがつながる谷津田

 

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トップメッセージ 2024年5月

2024年5月9日 更新

日本野鳥の会 会長 上田恵介

初夏の山散歩

東秩父の森で

今年の春はあっという間に過ぎさり、季節はもうすっかり初夏の雰囲気を漂わせています。この冬はあまり山に行けませんでしたが、四月に入って「山散歩」と称して私の住んでいる鳩山町に近い東秩父の低山をよく歩いています。標高800~900mの低山ですが、林床にはカタクリやニリンソウが咲き、いろんな種類のスミレ類が咲いています。木々の花は、キブシはすでに終わり、ヤマザクラも散って、ミツバツツジとヤマツツジ、それとウワミズザクラが満開です。そろそろエゴノキの花も咲き始めます。柔らかい若葉がいっせいに萌え出すこの季節、山が一番美しいときです。

巣箱を設置するようす

東秩父の山に、研究用の巣箱を設置

ヒガラの繁殖生態の研究を開始

夏鳥たちの渡来も最盛期。東秩父の低山でも、オオルリ、キビタキ、クロツグミ、センダイムシクイ、ツツドリの声が聞こえはじめ、トラツグミやアオバトもよく鳴いています。

ここ数年、この地域で巣箱をかけてカラ類の調査をしています。カラ類用の巣箱に入るのは主にヤマガラとシジュウカラですが、標高が高いのでヒガラも繁殖しています。そこで今年は東海大学のM先生との共同研究でヒガラの調査を始めました。穴の狭いヒガラ用の巣箱の天井に、自動撮影カメラを仕掛け、一定間隔で巣箱内を撮影できるようにしてあります。これまで国内ではほとんど研究されてこなかったヒガラの繁殖生態を明らかにするのがこの研究の目的です。

ヤマガラ
抱卵中のヤマガラ(調査資料として撮影)
ヒガラ
巣材を運ぶヒガラ

日本野鳥の会の存在意義

さて日本野鳥の会は今年設立90周年を迎えます。昭和9年、中西悟堂による会の設立から90年、あの大戦を乗り越え、戦後、かすみ網の禁止や野鳥飼育の禁止をはじめ、ガン類を狩猟鳥から外し、天然記念物に指定させるなど、我が国の野鳥保護、自然保護に大きな足跡を残して来ました。

これらの活動はすべて全国津々浦々にある支部・連携団体のみなさんの地域での地道な活動に支えられています。支部が全国にあることによって、地域でのさまざまな開発や自然破壊の問題が本部に伝えられ、会として意見書を出したり、議員や省庁に働きかけるロビー活動が可能になります。だから国も自治体も、さらに風力発電やメガソーラーの開発会社も、野鳥の会の存在を無視しては、事業を進められないのです。日本野鳥の会の底力は、日頃、私たちが思っている以上に大きなものだと思っています。

会員であることの誇りを胸に、これからも地域における野鳥保護、自然保護の活動に力を注いで頂けますよう、お願いいたします。


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日本野鳥の会 理事長 遠藤孝一

「国際サシバサミット フィリピン」に参加して

サシバが渡来するアジア各地の代表が集結

3月24日、25日の2日間、フィリピンのルソン島の北端に位置するサンチェスミラ市で「第4回国際サシバサミット フィリピン」が開催され、日本野鳥の会・オオタカ保護基金、加えてサシバの里づくりを進める栃木県市貝町の町長の代理として参加してきました。

サシバサミットは、渡り鳥であるサシバの繁殖地・中継地・越冬地が連携しながらサシバ保護を推進することを目的に、第1回が2019年に繁殖地の市貝町で、第2回と第3回は、いずれも中継地である沖縄県宮古島市(2021年)と台湾(2023年)で開催されました。そして今回の第4回は、さらに南下して越冬地(中継地でもある)のフィリピンでの開催となりました。

サシバサミットは、熱烈歓迎で始まりました。市役所前の大通りを200mに渡って通行止めにし、学生たちを中心に千人以上(?)の人が道路の両側に並び、踊りと歌で出迎えてくれました。間違いなく、人生で最大の歓迎です。

サンチェスミラ市役所前での歓迎セレモニー

サンチェスミラ市役所前での歓迎セレモニー

保護に向けての情報共有と連携を図る

サミットでは基調講演として、国鳥で絶滅危惧種であるフィリピンワシを中心に、「フィリピンの留鳥性のワシタカ類と、渡り性のワシタカ類の生息地の重複」、そして「これらが保全にどのように役立つか」などについての講演があり、その後、台湾・日本・フィリピン・マレーシア・韓国(ビデオメッセージ)からの報告がありました。

日本からは東京大学の藤田剛氏が「日本におけるサシバ研究の概要」、「同所的に生息するノスリとの比較を通した、地域における環境選択の違いとその要因」などについて発表されました。会場の壁面にはポスターが貼られ、その中には日本野鳥の会三重の「メガソーラー建設がサシバの繁殖に与える影響」もありました。

ポスター発表を行なう日本野鳥の会三重のメンバー

ポスター発表を行なう日本野鳥の会三重のメンバー

また、今回もすばらしいサシバの渡りを見ることができました。サンチェスミラ市は春の渡りの時期に北に渡るサシバが集結する中継地で、台湾や日本に向かうサシバが最後にフィリピンを飛び立つ場所です。会議開催前の朝、山の尾根上を数十羽から百数十羽の群れが次々とタカ柱を作って上昇し、青空をバックに渡っていく姿を堪能することができました。

たくさんの参加者がサシバの渡りを観察するようす

観察サイトでサシバの渡りを観察

次回は来年2025年の秋、サシバの中継地・越冬地である奄美大島・宇検村(うけんそん)で開催されます。2021年の宮古島市以来の日本開催なので、たくさんの方に参加していただき盛り上げていければと思います。ご協力・ご支援よろしくお願いします。

集合写真

参加地域の代表が壇上に集合し、サシバサミット宣言を発表
(中央が次回開催地の宇検村長、右隣が今回開催のサンチェスミラ市長、左隣りが遠藤)


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2024年3月4日 更新

日本野鳥の会 会長 上田恵介

アフリカで考えたこと

タンザニアのサファリツアーへ

2月はじめに鳥をメインとした7泊8日のサファリツアーで、タンザニア(アフリカ)に行ってきました。タンザニアはケニアの南にある国で両国ともかつては英国の植民地で、スワヒリ語と英語が公用語になっています。

タンザニアは国民の年間総所得(GNI)で下から数えて世界で26番目の貧しい国ではありながら、安定した政権のもとで、観光を重視した政策を実現しています。国内にはセレンゲティやンゴロンゴロなどの有名な国立公園をはじめ、たくさんの国立公園、保護区があり、サファリを楽しむたくさんの観光客が訪れています。

セレンゲティもンゴロンゴロも国立公園の入り口にはゲートがあり、入園料が徴収され、サファリカーの入園台数には制限があります。国立公園内は人の居住は認められていませんが、ンゴロンゴロの外輪山にはマサイの人々が暮らしており、そこだけは国立公園ではなく、保護区に指定されて人の居住が許されています。鳥に詳しいコーディネーターとドライバーがついてくれたので、ゾウやキリンなどの大型動物だけでなく、小鳥もたくさん見ることができました。とてもエキサイティングなツアーでした。

オルドヴァイ渓谷の入り口モニュメント

オルドヴァイ渓谷の入り口で。モニュメントは、この渓谷で発見された化石人類「ジンジャントロプス」と「ホモハビリス」の頭骨化石を模したもの

今も影を落とす植民地政策

しかし、アフリカにいるとどうしてもアフリカの抱える深刻な問題を考えてしまいます。アフリカのイメージといえば、まず貧困や飢餓、感染症、民族紛争などが思い浮かびます。ルワンダで100万人以上が殺された民族大虐殺はごく最近の出来事ですし、私の世代なら南アフリカの人種隔離政策(アパルトヘイト)に心を痛めていた人もいたでしょう。こうしたマイナスイメージばかりがつきまといますが、なぜアフリカはこうなのでしょう。

それはイギリス、フランス、ドイツ、ベルギー、オランダなど、今ではヨーロッパの先進国といわれる国々が、16世紀から20世紀にかけて、アフリカを植民地にして、搾取と収奪の植民地支配を延々と続けてきたからです。アフリカをこういう状況にしたのは、はっきり言って、過去におけるヨーロッパ諸国の植民地政策です。

たとえば世界地図を開いて、アフリカ諸国の国境線を見てみましょう。何百キロにもわたってまっすぐに引かれた国境線は、幾何学的な形の国々を形作っています。アフリカ諸国の国の形はそこに住んでいる民族のことなど何も考えずに、ヨーロッパ諸国が領土獲得の野心のためにだけ、自分勝手にアフリカを分割した結果なのです。この国境線が同じ民族を2つの国に分割し、それぞれの国でお互いに憎しみ、争い合う原因を作ってしまったことが、まさにルワンダでの悲惨な大虐殺につながったのです。

貧困や飢餓の原因も過去の植民地支配の産物です。アフリカの人々に自分たちが食べる主食の農作物を作るより、コーヒーやカカオなどのヨーロッパへの輸出農産物を作らせてきたから、旱魃(かんばつ)やバッタの大発生などが起こったときなどに飢餓が広がるのです。さらにロシアのウクライナ侵攻で明らかになったように、穀物輸入の途絶(とぜつ)は、食料を輸入に頼っているアフリカの貧しい国の人々を、飢餓に追い込む大きな危険を孕んでいます。

イギリスやフランスやドイツが、アフリカや中東諸国からの大勢の難民に頭を悩ませているのは、みなこの植民地支配のツケです。日本にも中国や朝鮮半島、東南アジアでのまだまだ未解決な問題がありますが、少なくとも先進民主主義国と名乗りたいなら、これら過去の過ちに、最後まで真摯に向き合わねばならないでしょう。

アフリカの生物多様性と文化を未来へ

何かアフリカの暗い側面ばかり述べてきましたが、アフリカのすばらしいところはその生物多様性の高さです。たとえば大型動物。アフリカに行くとゾウやキリンがいるのは当たり前と、多くの人はそこになんの疑問も抱いていないでしょうが、これは奇跡的なことです。
ユーラシア大陸、北米大陸、南米大陸、オーストラリア大陸と、南極を除く他のすべての大陸では、アフリカを出た現生人類が世界に広がるとともに、そこに住んでいたすべての(!)大型動物を絶滅させてしまいました。

ユーラシアのマンモスやケナガサイ、北米大陸のマンモスを含む数種のゾウや巨大バイソン、南米のオオナマケモノ(メガテリウム)やオオアルマジロ(グリプトドン)、オーストラリアのディプティロドン(巨大なウオンバット)やプロコプトドン(3mもある巨大カンガルー)などは、すべて人類が滅ぼしたと考えられています。なのになぜ、アフリカにはゾウやサイ、カバ、キリンなどの巨大な動物が生き残っているのでしょう。いろんなことが考えられると思います。みなさんも考えてみてください。

ゾウとキリン。タランギレ国立公園にて撮影

鳥の多様性もすばらしいものです。アフリカには日本にはいないハタオリドリ科、サイチョウ科、カエデチョウ科、ネズミドリ科、エボシドリ科など、固有の科に属する鳥たちがたくさん生息しています。ヘビクイワシやシュモクドリのように1科1属1種という鳥もいます。ヒバリ科やセッカ科はアフリカ大陸全体で、それぞれ50種類以上の種を有するサバンナ起源の大きなグループに種分化しています。この神が残してくれたような(私は無神論者ですが)生物多様性の高さこそ、アフリカの大きな財産であり、我々はそれを未来に残すための努力を傾けねばならないと思っています。

シャローエボシドリ
シャローエボシドリ。ンゴロンゴロ国立公園にて
ルリガシラセイキチョウ
ルリガシラセイキチョウ

今後、アフリカはどうなっていくのでしょう。今の状況を見ていると、まだまだ道は遠いなというのが、正直な感想です。けれど理想的には、教育と医療を充実させ、計画的な人口政策を採用し、農業に基盤をおいて、自然資源を目玉にした観光による立国という形が最も望ましい形でしょう。さらにもっともっと未来の夢として、ロシアや中国、アメリカなど、アフリカに利権のみを求める大国の影響を根本から排除して、国連が統治する部族・宗教・言語に配慮した小さな国家の連合体のような国の形が望ましいと思っています(国連に力があればですが)。

アフリカに幸あれ!


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日本野鳥の会 理事長 遠藤孝一

原野・湿地のタカ「チュウヒ」を守る

渡良瀬遊水地でワシタカ類の生息状況を調査

2月4日、今冬も栃木県南部の渡良瀬遊水地(以下、遊水地)でワシタカ類のカウント調査が行われ、私も参加しました。これは、原野・湿地のタカで絶滅危惧種である「チュウヒ」を中心に遊水地のワシタカ類の生息状況を把握し、保護の基礎資料にするために、毎年1回2月上旬に日本野鳥の会栃木県支部(以下、支部)が主催して実施されているものです。

スコープや双眼鏡を使い調査をするようす

2月4日に行なわれたワシタカカウントのようす

遊水地は面積3,300ha 、山手線の内側半分がすっぽり入るほどの広大な面積を有する湿地です。一部に大きな調整池がある以外は大部分がヨシ原に覆われており、東日本で最大のワシタカ類の越冬地とも言われています。その全域を把握するために、土手上などに9つの観察定点を置いて支部のメンバーが張りつき、トランシーバーを使って情報共有しながら、ワシタカ類の数を重複しないようにカウントします。その結果、チュウヒ13個体、ノスリ10個体など、10種のワシタカ類を確認することができました。

スコープで観察をするようす

土手上からワシタカ類を観察する(カウントとは別の日)

開発の危機を乗り越え、保全区域に

遊水地では、過去にはさまざまな大規模開発の計画がありましたが、支部も加盟している「渡良瀬遊水地を守る利根川流域住民協議会」などの粘り強い活動の成果が実り、2002年には最後まで残っていた第2貯水池計画が正式に中止されました。その後2012年にはラムサール条約湿地に指定され、今では治水・利水と生物多様性保全の両立をめざす国指定の鳥獣保護区になっています。この冬もチュウヒをはじめ多くのワシタカ類が遊水地を越冬地として利用している状況が確認され、保全の成果を実感することができました。

5か年の「チュウヒ保護プロジェクト」スタート

さて、このチュウヒ。実は越冬だけでなく、北海道や本州北部を中心に繁殖も確認されています。国内推定繁殖数は135つがいと、日本のワシタカ類のなかでは最も絶滅の危険性が高い状況にあります。そこで、日本野鳥の会(以下、当会)ではチュウヒをオオジシギに続く原野・湿地の代表種として位置づけ、創立90周年に当たる本年、5か年(2024~2028年)の保護プロジェクトを展開することとしました。原野・湿地の生態系の頂点捕食者であるチュウヒの生息地保全を促進することは、同じ環境に生息するオオジシギやオオジュリン、ノゴマ、ノビタキなども守ることになり、原野・湿地の生物多様性の保全にもつながります。

プロジェクトでは、これまで当会が調査や保護活動を行なってきた北海道のサロベツ原野と勇払原野で繁殖状況調査を継続しつつ、当会独自の野鳥保護区の設置や繁殖地の公的保護を行政などに働きかけていきます。プロジェクトの成功に向けて、ぜひ皆様からの温かいご支援をよろしくお願いいたします。

チュウヒ

絶滅危惧種で原野・湿地の代表種のチュウヒ


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2024年1月15日 更新

日本野鳥の会 会長 上田恵介

新年のご挨拶 創立90周年を迎えて

あけましておめでとうございます。

1月1日に発生した能登半島地震により、被災された皆さま、ご家族、関係者の方々に心よりお見舞い申し上げます。被害の甚大な石川県をはじめ、富山県、新潟県、福井県など近隣の県でも大きな被害が出ています。避難された方々も、寒さの中、大変な避難生活を送っておられると思います。どうか一日も早く通常の生活に戻れますよう、復興を心よりお祈りいたします。

日本野鳥の会90年の足跡

さて日本野鳥の会は今年、創立90周年を迎えます。自然保護団体の“老舗”を誇るわけではありませんが、「野鳥」という言葉もなく、鳥は飼育か狩猟の対象であった時代に、中西悟堂による日本野鳥の会の発足は日本の社会にとって、画期的な出来事でした。

一時、戦争によって中断された時期はあったにせよ、その後、かすみ網の禁止、ガン類を狩猟鳥から外し一気に天然記念物に格上げさせたこと、北海道のウトナイ湖や東京港野鳥園をはじめとする多くのサンクチュアリを設立し運営していること、シマフクロウやタンチョウの保護のために全国ですでに4000ヘクタールに及ぶトラスト地を取得したことなど、私たちの会は日本の野鳥保護、自然保護に大きな足跡を残し、今では日本最大の自然保護団体として、名実ともに社会に大きな影響力を及ぼしています。

未来は懐かしい風景の中にある

今、この時点でも全国の支部・連携団体の皆さんが、各地で探鳥会を開催して野鳥や自然に対する国民の関心を広げ、自然を破壊する乱開発にブレーキをかける活動に地道に取り組んでいます。前会長の柳生博さんは「未来は懐かしい風景の中にある」という言葉を残されました。私はこの言葉が大好きです。未来は鉄とコンクリートに囲まれた殺風景な風景の中にあるのではありません。科学が発展し、教育や社会福祉が充実し、ハード面でもソフト面でも国民生活に本当に必要なインフラが整備された未来社会は、おそらく現在より確実に懐かしい風景の中にあるはずです。私たちの活動は、そうした未来を子供たちに残す活動です。

今年も全国の会員の皆さんと手を携えて、野鳥や自然を守る活動に取り組もうと決意しているところです。

近郊の越生の山にて

近郊の越生の山にて


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日本野鳥の会 理事長 遠藤孝一

新年のご挨拶 創立90周年を迎えて

心休まる小鳥たちの姿

2024年の年頭にあたり、新年のご挨拶を申し上げます。

まずは、元日に発生しました能登半島地震により、被災された多くの皆さまに心よりお見舞いを申し上げるとともに、亡くなられた方々に謹んでお悔やみを申し上げます。

さて、今年のお正月、私は家の周りで野鳥たちを見て過ごしました。我が家は雑木林や田畑に囲まれた里山の中にあるので、冬にはいろいろな野鳥たちが庭先までやってきます。

エナガは、10羽ほどの群れで毎日のように梅の木にやってきます。小さな虫でもいるのでしょうか。盛んに枝先や幹をつついて何かを食べています。時には、その群れの中にシジュウカラやコゲラが混じっていることもあります。ジョウビタキは、薪割りをしていると薪の中から出てくるカミキリムシの幼虫を目当てに、本当に手の届くようなところまでやってきます。

こんな野鳥たちの姿を見ていると、心が癒され、不安な気持ちも不思議と落ち着いてきます。

エナガ
エナガ
コゲラ
コゲラ


シジュウカラ
シジュウカラ
ジョウビタキ
ジョウビタキ


家の周りの里山で野鳥を観察する

野鳥を保護することは、人間の健全な暮らしを守ること

話題はかわりますが、今年、日本野鳥の会は設立90周年を迎えます。

文学者であり僧侶でもあった初代会長・中西悟堂が、「野の鳥は野に」を旗印に、「鳥の科学と芸術の融合」をめざして会を設立したのが1934年。それから90年、全国に広がる支部や会員、支援者に支えられ、また、他の団体、企業、行政と力をあわせて、「野鳥も人も地球のなかま」をキーフレーズに、生物多様性豊かで自然や資源が枯渇せず、次世代が自然の恩恵を受けられるような未来をめざして活動してきました。

野鳥は生態系の中で高次消費者の性格を持ち、多くの野鳥が生息することは、そこに豊かな自然が存在することを意味しています。したがって、野鳥を保護することは、生物多様性豊かな自然を保護することにつながります。さらに、自然界の一員でもある人間の健全な暮しを守ることにもなります。

これからも当会は、野鳥を中心とした生物多様性保全を進め、持続可能な社会づくりに貢献していきます。皆さまからの力強いご支援、ご協力をよろしくお願いいたします。


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2023年11月1日 更新

日本野鳥の会 会長 上田恵介

奄美の自然

9月に奄美大島に行って来ました。奄美大島に行くのは久しぶりです。前に行った時は鳥の巣に共生する昆虫の研究で、ルリカケスとオオトラツグミの古巣を調べていました。今回の訪問の目的はヤマガラの羽の成分を調べるための捕獲調査でした。島では現地バンダーでミステリー小説家でもあるTさんの協力を得て、かすみ網(もちろん環境省の許可を得てあります)でヤマガラを捕獲することができました。

アマミヤマガラ

アマミヤマガラ。ほっぺたの赤みが強い

調査の後、夜の林道を車でゆっくり走ってナイトツアーもしてきました。舗装された林道だったので、アマミヤマシギは出てきませんでしたが(別の日の早朝に1羽だけ飛び立つのを見ました)、アマミノクロウサギにはたくさん出会いました。前に行った時はガイドさんに案内してもらって、たった1回しか出会えませんでしたが、今回は2時間で10頭近くを見かけました。ただ、クロウサギは道の真ん中まで出てきて糞をするのが好きなようなので、夜間の交通事故が心配です。

アマミノクロウサギ

林道で出会ったアマミノクロウサギ。糞をしている最中

マングースバスターズの大活躍

アマミノクロウサギがこんなに復活してきたのは、環境省がマングース根絶の一大プロジェクトを進めたからです。駆除のために全島に仕掛けられたマングース専用の罠の数は約3万個。それを40数名からなるチーム(マングースバスタ―ズと呼ばれていました)が、毎日見回って、マングースの数を減らしていったのです。ハブの出る暑苦しい山中を全島くまなく見回るという、まさに気の遠くなるような地道な作業です。捕獲数が少なくなってくるとマングース探索犬を投入して、マングースの巣穴を突き止めて駆除するという作戦が行なわれました。そして2018年4月に最後の1頭が捕獲されて以降、もう5年以上にわたって1頭も捕獲されていないことから、根絶は成功したと言えるでしょう。おそらく来年あたりに根絶宣言が出されるはずです。

自然保護の先進国ニュージーランドでは絶滅寸前のタカヘをはじめとする固有種を守るために、カピチ島やチリチリマタンギ島などの小さな島で、人が持ち込んだネズミやイタチなどを徹底的に駆除し、捕食者ゼロを達成してから、固有種を国内移入して増殖させていますが、それは小さな島だからできることであって、奄美大島のような大きな島に広がってしまったマングースを駆除できるとは、正直、私も思っていませんでした。だから生態学者として、この根絶事業の成功は本当に世界的な偉業だと思います。マングースバスターズの皆様、ご苦労様でした(次は沖縄本島ですね)。

マングース用の捕獲罠

マングース用の捕獲罠

世界遺産にふさわしい生物多様性

奄美大島は、鳥では固有種のルリカケスとアマミヤマシギ、固有亜種のオオトラツグミ(ミナミトラツグミの分布北限の亜種)が有名ですが、シイ・タブの常緑樹林には、温帯域の落葉樹林と比較して相対的に鳥は多くありません。繁殖期ならアカヒゲが繁殖していますし、留鳥のリュウキュウキビタキ、リュウキュウサンショウクイ、夏鳥のリュウキュウアカショウビン、リュウキュウサンコウチョウの声が聞こえるのですが、繁殖が終わったこの時期、森を歩いても聞こえるのはアマミヤマガラとアマミヒヨドリとリュウキュウメジロの声くらいで、ときどきカラスバトの「ウッ、ウーッ」と、ズアカアオバトの尺八のような声が響くくらいです。そして気温が上がり始めると、森の中はオオシマゼミとクロイワニイニイの大合唱が響き渡ります。

このように鳥の種類は少ないのですが、奄美大島を含む南西諸島は両生類・爬虫類(ヘビやカエル)の宝庫です。今回、ラッキーなことに金作原(きんさくばる)でハナサキガエルの集団求愛行動を見ました。小さな滝の斜面に50匹ほどのカエルが集まり、「キリッ、キリッ」といい声で鳴き交わしていました。そこへ3匹のガラスヒバア(ヘビ)がやって来て、カエルを狙っている光景も見ました。

遊んでばかりいたわけではありません。ヤマガラ調査の後、金作原では環境省のモニタリング1000プロジェクトの植生調査チームのお手伝いをしてきました。まあほとんど戦力にはなりませんが、コドラートのポール持ちと、野生の勘でエイヤッと被度(植生が地面の何%を覆っているか)を決めるお仕事をしてきました。奄美大島は世界自然遺産にふさわしい生物多様性(@自然度と固有度)の高い島だと思います。

ハナサキガエルの求愛集団

ハナサキガエルの求愛集団

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日本野鳥の会 理事長 遠藤孝一

「国際サシバサミット台湾」に参加して

渡り鳥・サシバの保全を進める国際会議

10月12日、13日の2日間、台湾の南端に位置する墾丁(ケンティン)国立公園で「国際サシバサミット台湾」が開催され、参加してきました。

サシバサミットは、渡り鳥であるサシバの繁殖地・中継地・越冬地が連携しながらサシバの保全を推進することを目的に、第1回が2019年に繁殖地であり私の住む栃木県市貝町で、第2回が2021年に中継地の沖縄県宮古島市で開催され、今回で3回目になります。

サシバは日本には夏鳥として渡来。九州、本州各地の里山で子育てをし、秋になるとフィリピンなどの東南アジアへ渡り、越冬する(写真はオスの個体)

私は、日本野鳥の会と市貝町でサシバと共生するまちづくりを進めるオオタカ保護基金の両方の立場で参加し、同町の町長さんや地域の皆さんとともに、活動報告やポスター発表を行なってきました。サミットには、今まで参加していた日本、台湾、フィリピンに加えて、新たに韓国(オンライン)、タイからも参加があり、サシバ保護や研究の輪が生息域一帯に広がりつつあることを実感することができました。

大型のSUPに乗って那珂川を下る
ポスター発表する市貝町の方々
川に潜って生きもの探し
サミット会場前で市貝町の入野正明町長(中央)と


サシバの渡りの壮観さに感激

また、墾丁国立公園は秋の渡りの時期に南に渡るサシバが集結する台湾最大の中継地であることから、たくさんのサシバ達とも会うことができました。サミット開催中は朝から夕方まで、会場の外に出て上空を見上げるといつでもサシバの群れが飛んでおり、本当に幸せな時間を過ごすことができました。特に、ねぐらや休息場所である山から飛び立ち、山の稜線付近で数十から数百羽のサシバがタカ柱を作って次々と上昇する光景は、壮観で今でも忘れることができません。

サシバの群れ

空を覆うサシバの群れ

次回は、来年3月。サシバの中継地・越冬地であるフィリピンで開催されます。サシバの生息域である東アジアの各国や地域で保護や研究で活躍される皆さん、そして日本に戻る直前のサシバ達との再会を楽しみに、第4回のサミットにも参加したいと思います。

墾丁国立公園のサシバ観察展望台で、参加者のみなさんと


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2023年9月1日 更新

日本野鳥の会 会長 上田恵介

ライチョウツアーへ

毎年恒例の家族行事

今年の夏は暑かったですね。私の住んでいる埼玉県の鳩山町は39.7°Cの最高気温を記録し、毎日のように暑さのトップ3を競っておりました。

こんな暑い時には山が一番です。そこでお盆に毎年恒例の上田家ライチョウツアーを実施しました。今年は去年に続いて、娘や息子、孫たちと乗鞍岳に行って来ました。バスが標高2,700mの畳平についたときは大雨でしたが、夕方には雨も止んだので、山小屋(白雲荘)の夕食後、魔王岳にライチョウを探しに登ってきました。残念ながらライチョウには出会えませんでしたが(去年はヒナ連れがいた)、夕暮れの山頂からの景色もなかなかいいものでした。

夜中には霧も晴れて、星が見え出し、夜明けにちょっと起きて外に出ると冬の星座とペルセウス座流星群を見ることができました。翌朝はご来光を見て、富士見岳を越えて剣ヶ峰(3,026m)に登ってきました。

剣ヶ峰山頂付近
剣ヶ峰山頂付近
家族で無事登頂成功
家族で無事登頂成功

餌不足でヒナの生存率が低下

さてライチョウですが、今年は繁殖が3週間も早く、ライチョウ監視人もしている白雲荘のKさんの話によると、天候が不順で昆虫の発生時期がずれ、それがヒナの餌不足をもたらして、ヒナたちの生存率に影響したそうです。結果的に今年は畳平周辺でも、ほとんどヒナ連れを見ない年になったとのこと。

唯一、私たちが出会ったのは、魔王岳登山道の近くにいた、左足を怪我したメスライチョウとそのつがい相手らしいオスでした。メスは怪我にもかかわらず自分で餌を探して食べていました。骨折してすぐなら捕獲して治療を施せば治癒するのですが、しばらく時間が経っているので、治療するのは無理だろうと、知り合いの獣医さんが言ってました。とりあえずは生きていけそうなので、環境省も様子を見ているそうですが、冬を乗り切れるかどうか心配です。連れ合いのオスはずっとメスのそばにいて、メスを気遣っている(?)様子でした。改めてライチョウ は一夫一妻(稀に一夫二妻がある)なんだなと思いました。

唯一出会えたライチョウのつがい

唯一出会えたライチョウのつがい

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日本野鳥の会 理事長 遠藤孝一

夏の里川で遊ぶ

関東随一の清流、那珂川でのプログラム

「里山」という言葉はよく聞きますが、「里川」と言う言葉はあまり聞いたことがありません。

里山とは、奥山とまちとの間に位置し、集落とそれを取り巻く二次林、農地、ため池、草原などで構成される地域を指します。それなら、そこを流れる生活用水や農業用水、釣り場や漁場、レクリエーションなど人の営みにかかわりの深い川を「里川」と呼んでもいいと思うのですが……。

さて、私の住む栃木県東部には、まさにそんな里川と呼ぶにふさわしい「那珂川(なかがわ)」が流れています。那珂川は、栃木県北部の那須山麓に源を発し、同県東部から茨城県の丘陵部や平野部を流れ、最後は太平洋に注ぐ延長150kmの河川です。関東随一の清流として知られ、アユが生息しサケの遡上する川としても有名です。

私が運営に係わるサシバの里自然学校では、毎夏その川や支流で「SUP」(スタンドアップパドルボードの略称。サーフボードより少し大きめのボードを使い、パドルで漕ぎながら水面を進んでいくウォーターアクティビティ)で川を下るリバーアドベンチャーや川遊びのプログラムを行なっています。

ボードに乗ってパドルで漕ぎながら水面を進むSUP

ボードに乗ってパドルで漕ぎながら水面を進むSUP

川下りや生きもの観察、里川の豊かさを体験

今夏もたくさんの子どもたちと一緒に、那珂川で川遊びを楽しみました。リバーアドベンチャーでは、10人の子どもたち全員が乗ることができる大きなSUPを使いました。ほとんどの子どもたちにとって、SUPは初めての経験ですが、インストラクターからパドルの使い方や流された時の安全確保のやり方などを教わって、川下りに出発。サポート役のスタッフに見守られながら25km下流のゴールをめざします。昼食を挟んで約5時間、台風の向かい風でパドルを持つ腕はクタクタになりましたが、全員が無事ゴール。みんな達成感に満ち溢れていました。

一方、川遊びのプログラムでは、川幅が狭く比較的浅い支流で泳いだり、生きものを探したりします。ここでもライフジャケットを身に着け、安全を確保した上で、スタッフと一緒に川遊びを楽しみます。生きもの探しでは、カニや魚などいろいろな生きものを見つけることができました。

大型のSUPに乗って那珂川を下る
大型のSUPに乗って那珂川を下る
川に潜って生きもの探し
川に潜って生きもの探し
カニや魚、川で出あった生きものたち
カニや魚、川で出あった生きものたち


夏になると、川での水の事故のニュースが目にとまります。確かに川にはさまざまな危険が潜んでおり、油断したり、不適切な行動をとったりすれば、命も落とす事故につながります。しかし、本来川は人の身近にある生活に密着した場所、自然の恵みをもたらす豊かな生態系を有する場所であったはずです。里川であればなおさらです。これからも安全に十分配慮しながら、川でのさまざまな体験を通じて、子どもたちに川の楽しさやすばらしさ、大切さを伝えていきたいと思います。

浅い支流は絶好の遊び場であり、自然体験の場

浅い支流は絶好の遊び場であり、自然体験の場


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2023年7月3日 更新

日本野鳥の会 会長 上田恵介

仏沼にウズラを探して

当会のサンクチュアリでもある仏沼

梅雨の真っ只中ですが、鳥たちは元気に繁殖しています。5月から6月にかけて、私はNHKの『ダーウィンが来た!』のお手伝いで青森県の仏沼(ほとけぬま)に通っていました。

仏沼はオオセッカの日本最大の繁殖地として有名ですが、オオセッカ以外にもコヨシキリ、コジュリン、オオジュリン、ホオアカなど、草原の鳥たちがたくさん生息しています。また湿原の鳥であるクイナ類(クイナ、ヒメクイナ、シマクイナ)やサンカノゴイも生息しています。

もともと仏沼干拓地は1960年代に水田利用が目的で干拓されたのですが、農業政策が減反に方向転換した結果、使われないままになり、現在の広大な湿原が形成されたものです。仏沼のような湿地環境がまとまって残っているのは、国内でも他に例がありません。そこで日本野鳥の会は、1992年、全国の会員や支持者に呼びかけ、バードソン1992を開催し、このバードソンで集まった募金で、小面積ではあるものの、干拓地のヨシ原を買いとってサンクチュアリ(野鳥保護区)とした経緯を持っています。野鳥保護区の面積は小さいものの、当会が所有していることで干拓地全体の保全を促す大きな効果がありました。その結果、2005年11月には、アフリカのウガンダで開催された第9回ラムサール条約締約国会議で「ラムサール条約湿地」に登録され、現在に至っています。

青森県三沢市北部に広がる仏沼

青森県三沢市北部に広がる仏沼

コジュリン
コジュリン

コヨシキリ
コヨシキリ

懸念されるウズラの減少

けれど今回、仏沼を訪れたのは湿原の鳥を見るのが目的ではなく、ウズラ探しでした。ウズラは、昔は関東地域以北で普通に繁殖していたのですが、いつのまにか繁殖が記録されなくなった地域が増え、全国的に減少が指摘されるようになりました。近畿地方でも冬になると淀川の河川敷や信太山(しのだやま)草原などで越冬していたのですが、それが近年はとんとみられなくなりました。

狩猟統計ではウズラの捕獲数は1980年度前後には年間4万羽を超えていましたが、2006年度には500羽程度にまで減っていました。そこで環境省は2007年から一時的に狩猟を禁止していましたが、その後も生息数が回復しないため、環境省は2013年にウズラを狩猟鳥から外し、今後は特に保護が必要な「希少鳥獣」として扱うことにしたのです。

そのウズラですが、仏沼でも以前はみられなかったのですが、近年、姿が目につくようになってきました。沼の周辺部で水田が作られなくなり、田んぼからの水の供給が減少したことが乾燥化の原因だと指摘されています。

仏沼の気温は6月上旬でも早朝は10℃以下に下がることもあります。海からの風「やませ」が吹くと気温はさらに下がります。霧が発生して、沼全体が幻想的な光景に変わることもあります。そんな中、夜明けと共に、湿原はオオセッカ、コヨシキリ、オオヨシキリ、コジュリン、ホオアカなど、多数の鳥たちの歌声に包まれます。そんな鳥たちのさえずりの中、時折りウズラの「キョッキョルルー」という声が響きわたっています。

霧に包まれた仏沼

霧に包まれた仏沼

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日本野鳥の会 理事長 遠藤孝一

無理なく、楽しく、都市農村交流

サシバの里のグリーンツーリズム

6月、私の住む栃木県市貝町(いちかいまち)では、「サシバの里協議会」主催の三つのグリーンツーリズムのイベントが開催されました。この協議会は、町内の農業者、商工業者、道の駅、自然保護団体、役場などから組織されるまちづくり団体で、私が事務局を務めています。

一つ目は「サシバの里de農業体験」。私が運営するサシバの里自然学校(以下、自然学校)内の山あいの田んぼで、地元の農家の方に指導を受けながら、手植えで田植えを行ないました。作業後は、ドラム缶風呂に入ったり、タケノコ(マダケ)取りをやったり、初夏の里山を存分に楽しみました。

二つ目は「サシバの里さんぽ」。里山ガイドと一緒に、里山をのんびり散歩するというものです。4月から月1回のペースで町内の里山を回って開催していますが、今回は自然学校が会場でした。夏を思わせる暑い日差しを避け、涼しい雑木林の中の小径を歩いて山あいの田んぼへ。池や小川で、ガサガサしてメダカやドジョウ、フナなどを捕まえて皆で観察しました。

「サシバの里de農業体験」での田植え

「サシバの里de農業体験」での田植え

「サシバの里さんぽ」で雑木林を歩く

「サシバの里さんぽ」で雑木林を歩く

町を代表するイベント「サシバの里めぐり」

三つ目は「サシバの里めぐり」。こちらは、自然学校を含む6か所の家や団体が、庭や施設を開放して観光客に里山の暮らしや自然の恵みを生かした飲食や物販、体験などを提供するものです。午前中は雨模様で出足はやや低調でしたが、最終的に来訪者が延べ200人を超えて盛況でした。

この里めぐりは、静岡県内の山間部の集落で開催されていた「縁側カフェ」を参考にして、「縁側めぐり」と銘打って2017年6月に始まりました。その後コロナ禍で中止したこともありましたが、春2回秋1回の年3回のペースで開催し、最盛期には年間延べ1000人が訪れる町を代表するイベントになりました。今年からは施設なども含めて開催することになり、「サシバの里めぐり」に改称して15回目を迎えました。

三つのイベントともに、農業や自然、暮らし、風景と言った今ある町の資源を生かして、無理なく、楽しく開催して、都市と農村の交流を推進することを目的としています。

里山では、人口減少や農家の高齢化などに伴い、雑木林や農地が利用されなくなることによる生物多様性の劣化が問題となっています。この活動を通じて、町のファンを増やし、農林業の振興や関係人口、ひいては移住者の増加などにも結び付けて、里山の生物多様性の保全につなげていければと考えています。

自然学校も参加した「サシバの里めぐり」。町の資源を生かした都市との交流イベントに成長

自然学校も参加した「サシバの里めぐり」。町の資源を生かした都市との交流イベントに成長


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2023年5月8日 更新

日本野鳥の会 会長 上田恵介

コスタリカ紀行

2月にコスタリカに行って来ました。鳥も多いし、美しいケツアールもいる国だというので、ハチドリが見たいという妻と2人で行って来ました。コスタリカにもう30年も住んで、ツーリストを経営しているSさんにお願いして、11泊12日のツアープランを組んでもらいました。乾季の終わりで、ちょうど鳥たちが繁殖をはじめる季節にコスタリカの北半分を太平洋からカリブ海まで、平地から高地までいろんなところを回ってきました。

多様なコスタリカの野鳥たち

やっぱりメインはハチドリたちですが、構造色は光の当たり加減で、微妙に変化するし、暗いところにいると緑も青も真っ黒に見えます。しかもせわしくブンブン飛び回るので識別に苦労します。それより、綺麗で華やかなのがフウキンチョウ類です。その名の通り、空色のソライロフウキンチョウや真っ赤なホノオフウキンチョウなどが、ホテルの給餌台のバナナに集まってきます。

ヒノドハチドリのオス

ヒノドハチドリのオス

これらきれいな鳥もいいのですが、コスタリカに行って見たかったのは、もっとコアな、南米でしか見られない独自の目(order)や亜目(sub-order)、科(family)の鳥たちです。

たとえばジャノメドリ。これはずっと世界で1科1属1種の鳥と思われていましたが、最近の分子系統解析で、太平洋のニューカレドニアに生息しているカグーと近縁な種であることがわかりました。ずっと孤独な種であったジャノメドリにもカグーにも、近縁の仲間がいたのです。

ジャノメドリ

ジャノメドリ

ヒゲドリは南米のスズメ目タイランチョウ亜目カザリドリ科の鳥です。タイランチョウ亜目というのは、スズメ目の中でも、中南米にだけ生息する鳥たちのグループで、起源の古い、哺乳類でいえば有袋類のようなグループの鳥です。マイコドリ類もこの亜目に属しています。ヒゲドリは熱帯雨林の高木のてっぺんにとまって、「キーン」という、鐘の音のような1キロ四方に響き渡るような途方もなく大きな声で鳴きます。

ヒゲドリ

ヒゲドリ

有名なケツアール(カザリキヌバネドリ)も見ることができました。キヌバネドリ目の鳥は、アフリカ、アジア、中南米の熱地域にだけ生息する鳥で、ブッポウソウ目やサイチョウ目に近い鳥です。コスタリカにはケツアールを含めて、10種が生息しています。高い木の茂みで、枝にそっと止まっているキヌバネドリ類は、地元のガイドがいなかったら、到底、見つけられなかったでしょう。

コスタリカではバードガイドが職業として成立しています。あちこち回りましたが、行くところには地元のガイドが待っていてくれて、鳥を見せてくれました。とくに森の奥深くに、踊り場を持っているマイコドリ類は、オスは1日のうちに数回、そこにやってきて、求愛行動をするのです。素早いし、シャイだし、とても見るのが難しいと思います。

ケツアール

ケツアール

セアオマイコドリ

セアオマイコドリ

バードガイドの重要性

そんなわけで、コスタリカでは地元の鳥を知り尽くしたガイドの重要性をあらためて感じました。日本でもエコツーリズムの一つとしてバードウオッチングをもっと取り入れるべきだとは思うのですが、果たして日本でバードガイドは職業として成立するのでしょうか。

まず日本では一年を通して、多種類の鳥が見られる場所がなさそうです。信州に行って夏鳥を見るとかはいいのですが、どうしても季節限定になってしまいそうです。それからコスタリカでは、ホテルの庭などにハチドリ用の蜜の給餌器や、餌台にバナナなどの果実を置いて、一年中、鳥を呼ぶことができます。熱帯には花蜜食や果実食の鳥が多いからです。日本にはメジロとヒヨドリ以外に花蜜食の鳥はいないし、冬に種子を給餌しても、カラ類以外はそんなにたくさんの鳥は来ないでしょう。

というわけで外国人向けの日本のバードウオッチングとしては、給餌の是非はありますが出水でツルを見せるとか、佐渡でトキを見せるとかの、ごく一部の地域での限定的な取り組みに限られてしまうでしょう。外国人バードウオッチャーが憧れるヤマドリは、そもそも日本のバードウオッチャーでさえ、滅多に見れない種類なので、ヤマドリツアーは難しいと思います。

けれど鳥の好きな若い人が、将来の職業として、誇りを持って働ける専門職としてのバードガイドという職業ジャンルには、今後、もっと目が向けられていいと思います。

コスタリカのバードガイドの方と

コスタリカのバードガイドの方と

コスタリカの自然を満喫

コスタリカの自然を満喫

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日本野鳥の会 理事長 遠藤孝一

ため池は命の源

例年になく暖かい(暑い?)春。季節があっという間に過ぎていきます。スミレやカタクリをゆっくり愛でる間もなくヤマザクラが咲き、そして今はフジの花の甘い香りが里山に満ちています。新緑の雑木林をバックに、ため池に姿を映して咲くフジの花。今の季節らしい美しい里山の景色です。しかし、この景色。実は今年は見られなかったかもしれなかったのです。

甘い香りが漂うフジの花

甘い香りが漂うフジの花

ため池修復作戦

時は昨年の秋に遡ります。9月24日の台風15号による大雨で、ため池の側面に大きな穴が開き、ため池の水がすべて抜けてしまったのです。我が家の田んぼは、このため池の水を、水路を通じて引き入れて使っているので、ため池に水がないと稲作に必要な安定した水が得られません。加えて、この田んぼは水辺の生きものの生息場所にもなっているので、水が足りなくて干上がってしまったら大変です。

そこで、冬の間に修理をすることになりました。しかし、お金のかかる大掛かりな工事はできないので、ここは何とか知恵を絞って人力でやるしかありません。そこで、穴を広めに囲むように鋼の杭を打ち、周りにワイヤーメッシュを張って強化し、その周囲に土嚢を3段に積んで土手を作りました。土嚢の総数、70個。大人の男3人で、1日がかりの作業でした。その甲斐あって何とか水のたまるため池に戻りました。

杭を打つ
杭を打つ
土嚢を作る
土嚢を作る
ため池に開いた穴の周りに、土嚢を積んで土手を作る
ため池に開いた穴の周りに、土嚢を積んで土手を作る


もうすぐ田植えの季節です。田んぼに水を入れると、いっせいにカエルたちが集まってきて大きな声で鳴きだします。水と一緒に田んぼに入ったメダカやドジョウ、フナは卵を産み、やがてふ化して稚魚になります。それを狙って肉食の水生昆虫やヘビ、鳥もやってきます。田植えとともに命溢れる田んぼがよみがえります。ため池は、その命の源なのです。今回の水抜けと修理を通じて、ため池の大切さを改めて感じました。

水が戻り、フジが咲くため池

水が戻り、フジが咲くため池


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2023年3月3日 更新

日本野鳥の会 会長 上田恵介

春の息吹に誘われて

ウグイスの鳴き出す季節

立春を過ぎ、ウグイスが鳴き出す季節になりました。皆さま、お元気にお過ごしでしょうか。

ウグイスというと、気象庁が生物季節として、各地のウグイスの初鳴きの日付を公表しています。地球温暖化でウグイスの初鳴きの時期が早くなっているということがよく言われますが、公表されたデータを見る限り、そんなことはありません。

そもそも温帯域における鳥のさえずりは、(長ったらしくてすみませんが)日長の変化が視床下部から脳下垂体に伝わり、甲状腺刺激ホルモンが分泌されて、甲状腺が活性化して、生殖腺刺激ホルモンが分泌され、精巣が大きくなって、性ホルモンが出て、鳴管の筋肉が大きくなり、さえずりが始まるのです。

自宅の庭に咲いた白梅

生物季節がずれた理由は?

けれど1953年から蓄積されている生物季節の古いデータの中で、1950〜1970年代の宮古島や先島諸島(石垣島、西表島)のウグイスの初鳴きデータを見ると、1月や2月の記録がほとんどです。1980年代になって、3月の記録が混じるようになり、2000年代になるとほとんど3月の記録です。先日、知人からなぜこれらの島の古いデータでは初鳴きが早かったのかと聞かれました。いろいろ考えてみたのですが、結局、納得できる説明は見つかりませんでした。

宮古・先島諸島ではウグイスは繁殖していません。そのかわり大陸からのチョウセンウグイス(将来は別種になる予定)と、北方から移動してきたリュウキュウウグイス(なぜ北方の個体群に「リュウキュウ」という名がつけられているのかはまた別の機会に!)が越冬しています。だから八重山の島々で早春に鳴くウグイスがいたのなら、これら越冬ウグイスなのです。

奥武蔵・東秩父の低山歩き

さて、この季節、天気がいいと梅の名所でもある、隣町の越生から飯能・秩父に連なる奥武蔵・東秩父の低山をよく歩いています。同じ山でも登山道がたくさんあるので、バリエーションを楽しめます(けど、道迷いにも注意!)。

ひとりで静かな登山道を歩いていると、シカやカモシカ、イノシシやアナグマと遭遇することもあります(クマはまだない)。春の花々が次々と咲き始めるのを見るのも楽しみです。

大高取山でであったカモシカ
大高取山でであったカモシカ
林道を歩くアナグマの後ろ姿
林道を歩くアナグマの後ろ姿

コロナ感染予防のためにも、野外に出よう

コロナも第8波が一段落し、政府もコロナウイルスの感染ランクをインフルエンザ並みにするという対応に向かっています。コロナウイルス、とくにオミクロン株は感染力が強いウイルスですが、基本的には三密環境に身を置かず、外の空気を吸う生活機会を多くすることが感染リスクを下げることにつながります。

野外では風があるし、人同士の距離も取れるので、感染して咳をしている人がすぐそばにいない限り、感染を心配することはありません。何より昼間は太陽からの強い紫外線があるので、空気中に放出されたコロナウイルスが多少あったとしても、あっという間に死滅してしまいます(私が実験したわけではありませんが、生物学者としての常識的な直感です)。探鳥会でもそろそろマスクを外しましょう。

今年も私たちは海洋プラスチック問題や風発問題、カンムリウミスズメ、シマフクロウ、タンチョウ、シマアオジの保護などに積極的に取り組んでいきます。日本野鳥の会への皆さまの温かいご支援、これからもよろしくお願いします。

傘杉峠にて

奥武蔵・傘杉峠にて

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日本野鳥の会 理事長 遠藤孝一

冬の公園で子どもたちとバードウォッチング

この冬、私が運営に携わるサシバの里自然学校の「生きもの塾」で、小学生たちを連れて近くの公園にバードウォッチングに出かけました。この公園は、里山を生かした自然豊かな公園で、中央に大きな池があり、それを取り囲むように雑木林が広がっています。そのため、水辺の鳥から山野の鳥まで、いろいろな野鳥が見られるバードウォッチングには最適の公園です。

生きもの塾開のようす

自然豊かな公園で「生きもの塾」を開催

水鳥の観察でウォーミングアップ

最初は池にいるカモなどの観察です。公園にいる水鳥は、あまり人を恐れず近くで見ることができるので、双眼鏡を使うのが不慣れな子どもたちにはうれしい存在です。尾の長いオナガガモ、頭が赤茶色のヒドリガモ、それを追いかける真っ黒なオオバンなど、少し説明すれば肉眼でも種類を区別することもできるので、子どもたちはいろいろな水鳥に興味津々。そして、少し遠くにいるカモについては、望遠鏡の出番です。光沢のある緑色が美しいヨシガモやパンダガモことミコアイサには、「きれい!」と歓声があがります。

ヨシガモ
光沢ある緑色の頭が美しいヨシガモ
ミコアイサ
「パンダガモ」の愛称を持つミコアイサ

「野鳥も人も地球のなかま」という思いを子どもたちに

次は池の周りに広がる雑木林を散策して、小鳥たちを探します。木立の中を混群で移動するシジュウカラやヤマガラ、エナガ、コゲラ、単独で地上を動き回って餌を探しているシロハラやルリビタキ。このころになると、何人かの子どもたちは双眼鏡の使い方にも慣れてきて、自分で野鳥を見つけられるようになります。

お昼を挟んでたっぷり5時間。お昼やおやつの時間は、芝生を走り回ったり、ふざけあったりすることもありましたが、それ以外はしっかり野鳥を探して歩くことができました。生きもの塾に参加する子どもたちは、文字通り生きものに興味がある子が多いのですが、ここまで野鳥に興味を持って、飽きずに見てくれると嬉しくなります。

私は、当会の創設者の中西悟堂の「野の鳥は野に」、そして会の理念である「野鳥も人も地球のなかま」という言葉が好きです。バードウォッチングを通じて、そんな思いを子どもたちに伝えて行けたらと思います。

望遠鏡を使って観察

望遠鏡で遠くのカモを見る。みんな興味津々。


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2023年1月6日 更新

日本野鳥の会 会長 上田恵介

2023年のはじまりに

あけましておめでとうございます。

コロナもついに4年目を迎えましたが、皆さま、お変わりございませんか?
私は自分で言うのもなんですが、インフルエンザにもかからないほど自然免疫が強いと思っているので、多少のコロナウイルスを吸い込んでもかからないだろうと言う(科学的な?)確信を持っています。だから外ではマスクはしていませんが、一応、三密は避けつつ、人が集まる室内ではエチケットとしてマスクをして生活しております。

日常的には、立教セカンドステージ大学(シニア大学)のゼミ(週1回)や、NHKラジオの「子ども科学電話相談」(不定期)や朝日カルチャーセンター(月1回)での講師、役員を務めている諸団体の会合など、時々、都内に出つつ(もちろん当会の会長仕事もありますが)、その合間にbanding(鳥類標識調査)に行ったり、あちこちの山も歩きつつ、元気にやっております。

栗駒山にて

日本のガン類保護の立役者と

ところでみなさん、次の句はご存知ですか?

けふからは日本の雁ぞ楽に寝よ

「はるばると海を渡ってきた雁よ。今日からは日本の雁だ。安心してゆっくり寝るがよい」と言う、小林一茶の心優しい句です。

ガン類は明治期以降、主に狩猟により、その数をどんどん減らし、江戸時代にはたくさんいたハクガンやシジュウカラガンは、私が鳥を見はじめた60年前には、日本からは姿を消してしまっていました。その後もずっとマガンやヒシクイはまだ狩猟鳥だったのです。それが1971年に当会などの地道な運動が実って、狩猟鳥から外され、一気に天然記念物になりました。しかしその頃、ガン類の渡来地は宮城県伊豆沼と石川県の片野鴨池くらいしか残っていませんでした。

昨年10月の末に、仙台の伊豆沼と蕪栗(かぶくり)沼へ、久しぶりにガンを見に行ってきました。伊豆沼では「日本雁を保護する会」会長の呉地正行(くれち・まさゆき)さんにお会いして、一献かたむける機会がありました。呉地さんとは旧知の仲なのですが、これまではお互い忙しくて、なかなかじっくりお酒を酌み交わす機会がなかったので、とてもいい機会でした。

「日本雁を保護する会」は、昨年の7月に鳥類の保護や研究に優れた業績を残した個人や団体に贈られる山階芳麿賞を受賞しました。呉地さんたちの雁を保護する会の活動は日本における野生動物保全の事業では、まさに画期的な成功を収めた事例です。

私は昔、オーストラリアやニュージーランドでの、先駆的で鳥の行動や生態についての正確な知識に基づいた科学的な鳥類保護の取り組みを目にして、日本ではなんでこんなに保護事業がすすまないのだろうと嘆いていたこともあったのですが、日本の空にハクガンとシジュウカラガンをあっという間に復活させた呉地さんらの保護プロジェクトは世界的にも先進的な成功例と思っています。

次の日は、伊豆沼をあちこち案内していただき、シジュウカラガンやカリガネを見せてもらいました。呉地さんはこのあとジュネーブで開催されるラムサール会議で、湿地保全賞を受賞されるので、ジュネーブ行きの準備にお忙しい中でのご案内でした。どうもありがとうございました。

呉地さんたちの努力で個体数が増加したマガン(写真/PIXTA)

3年ぶり、対面での日本鳥学会で北海道へ

昨年11月の初めには、網走の東京農大オホーツクキャンパスで開催された日本鳥学会の大会に参加してきました。コロナ下での3年ぶりの大会で、全国から300人を超える鳥の研究者が集まり、久しぶりに対面で楽しく語り合うことができました。

その前日には釧路に行き、当会が運営する鶴居村の鶴居・伊藤タンチョウサンクチュアリを訪ねて、当会のレンジャーたちがタンチョウ保護に頑張っている話を聴くことができました。

学会の後は、中標津で獣医をやっている大学時代の同級生のN君を久しぶりに訪ねてきました。「おたがい、ええ歳になったなあ!」などと言いつつ旧交を温めました。翌日は野付半島を案内してもらって、オジロワシやコクガンの群れを見てきました。

タンチョウ
北海道・鶴居村にくらすタンチョウの家族

鶴居・伊藤タンチョウサンクチュアリのレンジャーたちと

***

さて、日本野鳥の会はシマフクロウ、タンチョウ、シマアオジ、カンムリウミスズメ、オオジシギなど、今年も鳥たちの保護に力を尽くしていきます。マイクロプラスチック問題も深刻です。海岸や河川で、ゴミ拾いをするだけの活動で、問題が解決するわけではありません。基本的には製造者責任をはっきりさせて、作ったものは完全に回収する社会システムを構築せねばならないと思っています。それは日本、そして世界の石油依存の産業構造を根本から変えるということです。道は遠いと思いますが、国内外のNGO・NPOと連携して、地道に活動していきたいと思っています。

皆さま、今年も元気に楽しい活動を!

過去のメッセージ

プロフィール

日本野鳥の会 理事長 遠藤孝一

新年のご挨拶

クヌギの枝打ちで初仕事

あけましておめでとうございます。
私の住む北関東では、お正月は快晴の穏やかな日が続きましたが、みなさまがお住いの地域ではいかがでしたでしょうか。

コロナ収束の兆しは未だみえず、ロシアによるウクライナ侵略も続く中、天気とは異なり晴れ晴れした気持ちで新年を迎えることはできませんでしたが、気を取り直して、私はいつものように山仕事に汗を流しました。

特に今冬は、循環型の森づくりの実践として里山で育てているクヌギの枝打ちに取り組みました。植栽後4年ほどたったクヌギは、背丈を超えるほどに成長しました。いろいろとアドバイスをもらっている地元の製炭業者さんによると、あと3年もすれば茶道で使われる「菊炭」の原料として利用することができると言うことです。3年後が楽しみです。

大きく育ったクヌギの枝打ちをする
大きく育ったクヌギの枝打ちをする
菊炭
茶道に使われる切り口が菊の花びら模様をした「菊炭」

自然共生サイトの先駆けとなる当会の野鳥保護区

さて話は変わりますが、昨年(2022年)12月に、国連の生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)がモントリオールで開催されました。そこで、2030年までに世界が取り組む23項目の目標「昆明・モントリオール生物多様性枠組」が採択されました。その目標の柱は、地球上の陸と海をそれぞれ30%以上保全する「30by30」(サーティー バイ サーティー)です。

日本は国立公園などとして陸の20.5%、海域の13.3%を保護していますが、今回の合意に基づき拡大を進めます。その施策の中心となるのが、国立公園等の保護地域の拡張と管理の質の向上と共に、「保護地域以外で生物多様性保全に資する地域(OECM:Other Effective area-based Conservation Measures)」の設定・管理です。

当会では、野鳥の生息地の保護を目的として、土地の買取りや協定による独自の「野鳥保護区」の設置に取り組んでいますが、この保護区の理念はOECMに重なります。

当会の野鳥保護区の始まりは、1987年に北海道根室市のタンチョウ生息地7.6haを取得したことで、その後シマフクロウの保護にもこの手法を拡大し、その面積は現在、北海道内の保護区を中心に全国で約4000haに達しています。民間の自然保護地域としては国内最大です。また、自然環境の改変や立ち入りを厳しく制限し、保護区となったあとも環境の維持に取り組むなど、高い保護レベルを保っています。まさに野鳥保護区は日本が設定を目指すOECMの先駆けと言えるでしょう。

これからも、当会は地域の支部や野鳥保護団体、行政、住民のみなさまと手を携えながら、野鳥保護区をはじめとして、人と自然が共存する社会づくりに取り組みます。今年も、変わらぬご支援をよろしくお願いいたします。

シマフクロウ
絶滅のおそれのあるシマフクロウ。北海道のみに生息する(写真は、当会レンジャーが調査中に撮影)
菊炭
北海道にある当会独自のシマフクロウのための野鳥保護区


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