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2025年9月2日 更新

日本野鳥の会 会長 上田恵介

根室の野鳥保護区を行く

7月末に北海道に行って来ました。根室地域での野鳥保護区の視察です。釧路空港では苫小牧グループの松本チーフレンジャーと石川レンジャーが出迎えてくれました。前日までは北海道も暑かったようですが、私たちが着いた日からずっと気温は22℃くらいで、お天気も良く快適な視察になりました。

空港から釧路湿原の横を通り、根室に向かったのですが、気になったのは湿原沿いに次から次へとメガソーラーが現れることです。釧路湿原の中でも国立公園になっているところは保護され残されていますが、周りの私有地ではメガソーラー建設がどんどん進んでいて、丘の斜面をメガソーラーが埋め尽くしているところもあり、「ああ北海道もこうなっているのか」と愕然としました。北海道農業の苦しい現実もわかりますが、放棄され自然が戻りつつある農地や牧草地、山林をメガソーラー企業に安く売却・貸与してしまうことが、将来的に(観光だけではなく)北海道の価値そのものを低下させていくと私は思っています。

別寒辺牛湿原の野鳥保護区

さて日本野鳥の会が北海道を中心にもっている野鳥のための保護区(サンクチュアリ)はすでに4000haを超えています。しかしサンクチュアリは1カ所に集中しているわけではなく、タンチョウとシマフクロウの生息場所を中心にして、北海道各地に点在しています。

まずそのうちのひとつ、別寒辺牛(べかんべうし)湿原を訪ねました。この湿原は厚岸(あっけし)から少し根室方面へ行ったところの厚岸湖と繋がる低層湿原で、ラムサール条約湿地の厚岸湖・別寒辺牛地区に含まれています。大別川沿いに厚岸水鳥観察館があります。観察館の展示室にはビデオカメラがとらえた湿原の映像を大画面で見られるシステムがあり、私たちが行った時も水辺の鳥たちの姿をアップで見ることができ、楽しめました。この湿原ではタンチョウが繁殖しているほか、冬になるとオオハクチョウやカモ類の渡りの中継地、越冬地になっています。

別寒辺牛湿原
別寒辺牛湿原

渡邊野鳥保護区ソウサンベツ

渡邊野鳥保護区ソウサンベツでは、作業道や記念碑の維持管理の現場のほか2008年から実施している森づくり実施地を視察しました。植樹地ではエゾシカの食害対策や流出した土壌の復元など、職員たちの長年にわたる試行錯誤の苦労を聞くことができました。

他の場所ではありますが、当会が日本製紙株式会社と協定で保全しているシマフクロウの野鳥保護区には直径2m以上の巨木が林立しています。ソウサンベツの小さな木々を見て、この厳しい北海道の環境で巨木になるまでには相当な時間と労力がかかることを実感しました。

初めての風露荘

到着した日から3日間、鳥好きの間では有名な「風露荘」に宿泊しました。風露荘は鳥好きの高田勝さんご夫妻が始められた民宿で、勝さん亡き後は奥様と娘の令子さんのお二人で支えておられます。私はこの民宿のことを昔から知っていました。それは勝さんの著書『ニムオロ原野の片隅から』(1979, 福音館)を読んだからです。それ以来、北海道に行って根室の自然と鳥を見るなら、ここに泊まろうとずっと思っていました。憧れの民宿だったのです。けれど大学に就職してからは鳥の研究で忙しく、“のんびり鳥を見にいく”ことができないまま時が過ぎてしまっていました。今回、やっとその夢が叶って、風露荘に来ることができました。

夜の懇親会には、松本チーフレンジャー、石川レンジャー、日本野鳥の会根室支部の加藤支部長と金澤副支部長、春国岱原生野鳥公園の掛下チーフレンジャー、根室市資料館の外山学芸員、私の大阪支部時代からの鳥仲間で、今は中標津に住んでいる福田君も合流して楽しく盛り上がりました。

憧れの民宿で鳥仲間たちと
憧れの民宿で鳥仲間たちと

霧多布岬のラッコ

崖の下とその先の海面に浮かぶラッコ
崖の下とその先の海面に浮かぶラッコ

掛下レンジャーの案内で霧多布まで足を延ばしてきました。霧多布の街中を過ぎて坂を上ると、キャンプ場の前を通って岬の突端の駐車場まで車で行くことができます。車を降りて灯台まで続くトレイルで、崖の下を見ると波間にラッコが浮いていました。ラッコは岬のまわりに5頭いるそうですが、この日、見れたのは2頭だけでした。

岬のはずれの岩棚や岩礁では、オオセグロカモメとウミウがヒナを育てていました。岩棚に1羽のケイマフリがいるのを見つけました。掛下レンジャーの話によるとここでは沖合いで見かけることはあるが、崖にとまっているのは見たことがなく、「よく見つけましたね」と感心されてしまいました。そのあと霧多布の湿原センターに寄り、ついでに厚岸の道の駅にも寄って、美味しい生牡蠣を食べて帰ってきました。

春国岱

夕方、掛下レンジャーと大久保レンジャーが勤務している春国岱(しゅんくにたい)のネイチャーセンターに寄り、エクソンモービル野鳥保護区のある春国岱を歩いてきました。春国岱は風蓮湖を海と隔てる東側の大きな砂嘴で、その上にはアカエゾマツやトドマツの森が発達しています。砂嘴には、ウラギクやアッケシソウ、コウボウムギやコウボウシバなど、海浜植物の群落が発達しています。湿地の上を木道が森まで続いていますが、厳しい自然環境により木道がたびたび壊れるので、管理が大変とのことです。

かつて海の近くまで林が広がっていた場所は、地盤沈下によりアカエゾマツが立ち枯れて湿地状になり、あまり人を恐れないエゾシカの群れが水辺の草を食べていました。子連れのメスもいて、赤ちゃんが母ジカにお乳をもらっていました。一方、エゾシカによる食害が問題になっており、ウラギク保護のためのケージが設置されていました。遠くの丘の上の木にはオジロワシがとまっていました。

エゾシカの親子
エゾシカの親子

エゾシカの食害からウラギクを守るためのケージ
エゾシカの食害からウラギクを守るためのケージ

最終日はもう一度春国岱へ。タンチョウのつがいやオジロワシ、ホウロクシギたちが姿を見せてくれました。海辺から塩性湿地、そして海岸林へと続く生態系のグラデーションは、本州にはないとても興味をそそられる景観でした。あらためて、道東(根室地方)の自然の豊かさを感じる旅でした。春国岱での観察のあと、羽田行きの最終便に乗るために釧路空港まで掛下レンジャーに車で送ってもらいました。レンジャーの皆さん、地元でお世話になった方々、どうもありがとうございました。

北海道の視察ルートを示した地図

①別寒辺牛湿原野鳥保護区
渡邊野鳥保護区ソウサンベツ
⑤春国岱


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日本野鳥の会 理事長 遠藤孝一

里山の秋を彩る花たち

キキョウ
キキョウ

まだまだ猛暑が続いていますが、この時期になると里山は夏の深い緑から、黄金色の稲穂が輝く秋の景色に変わり始めます。そして、山間の林に囲まれた谷津田*1の野辺には、さまざまな花が咲きだします。秋の花には私の好きな紫色系が多く、晩秋まで里山歩きを楽しませてくれます。今回は、そんな私の「推し花」を紹介します。

秋と言うよりまだ夏、7月下旬から開花するのはキキョウ。秋の七草としてもよく知られ、昔から秋の風物詩として親しまれてきた青紫色の美しい花です。しかし、いまではほとんど見られなくなり、絶滅危惧種に指定されています。

8月に入ると、ワレモコウとツリガネニンジンが開花します。この2種は10月まで花が見られ、長い期間目を楽しませてくれます。ワレモコウの花は赤紫色。花は穂状に咲き、多数の小花が密集しています。ツリガネニンジンは、すらっと伸びた茎の先に、薄い青紫色の釣鐘のようなかわいい花が下向きにたくさんつきます。この2種が、ススキと一緒に風にそよぐ姿は、まさに秋の風情を感じさせます。

ワレモコウ
ワレモコウ

ツリガネニンジン
ツリガネニンジン

秋が深まってきた10月に入ると、少し湿った草地にヤマラッキョウが咲きだします。紅紫色の小花を多数付けた球状の花が、茎の先についているとても美しい花です。そして、10月中旬から11月上旬、最後に咲くのがリンドウ。少し肌寒い晩秋の澄んだ空気の中、青紫に輝いて咲く姿は、凛としたすがすがしさがあり、見惚れてしまいます。リンドウは私のみならず、多くの日本人に好まれる花ではないでしょうか。

ヤマラッキョウ
ヤマラッキョウ

リンドウ
リンドウ

今回紹介した花は、みな日当たりの良い土手や斜面の草地などに生育する植物です。丘陵地に囲まれた谷津田では、田んぼ脇の土手だけでなく、日当たりを良くするために、すそ刈りといって林の下部も定期的に草刈りをします。するとそこが草地となり、上記のような植物が生育するのに適した環境になります。しかし近年、作業効率が悪い谷津田は耕作放棄されることが多く、それにともなって草地も減少し、これらの植物も姿を消しつつあります。

そこで、私が所属するNPO法人オオタカ保護基金では、そのような里山の草地性の植物を保護するために、放棄された谷津田を復元して稲作を行ったり、湿地や草地として管理したりしています。田んぼの土手は稲の生育のために年3~4回、斜面林のすそはそこに生育する植物の性質に応じて年1回ないし2回の草刈りを行っています。

秋の谷津田
秋の谷津田

今年も実りの秋を迎え、谷津田では稲が穂をたらし、野辺ではさまざまな花が咲き始めました。日本の原風景ともいえるこのような里山環境をいつまでも残していきたいと思います。

*1 谷津田:
丘陵地の細長い谷(谷津)を利用してつくられた田んぼ。「谷地田」または「谷戸田」ともいう。


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