横浜自然観察の森の辿ってきた道
大都市周辺で「身近な自然とのふれあい」をテーマに開園した横浜自然観察の森は、2026年3月に40周年を迎えました。40年前はまだ手探りだった、市民参加による森の保全は、行政、市民ボランティア、レンジャーの三者が協力し合い、「生きもののにぎわいのある森づくり」という、大きなひとつの目標と方法論へと発展しました。この特色がどのようにしてつくられたのか、その舞台裏に迫ります。
2026年9月10日
文・古南 幸弘((公財)日本野鳥の会 施設運営支援室室長・横浜自然観察の森チーフレンジャー)
横浜に、サンクチュアリ?
「横浜に新しくできるサンクチュアリで、レンジャーとして働いてもらいます」日本野鳥の会に採用が決まって、上司から電話で任地を聞いたときに、最初は意外な感じがしました。私の学生当時、サンクチュアリと言えばウトナイ湖サンクチュアリのイメージが強く、原生的自然環境下で水鳥のフライウェイの中継地、草原性鳥類の繁殖地、そして絶滅のおそれのある鳥類の生息地を守っている場所でした。そんな場所が、大都市、横浜のどこにあるのだろう?
港町のイメージが強い横浜市ですが、実際に赴任してみると、市内には農家がかつて農業のために落葉かきをして肥料をとったり、薪や炭をとったりしていた農用林(雑木林)を中心とした里山環境があちこちに残っていること、特に市南部のJR根岸線の南側には、円海山周辺緑地と呼ばれる広大な緑地が三浦半島にかけて広がっており、市の施策によって営々と守られてきたことを知りました。その一角に、横浜自然観察の森が開設されようとしていたのです。

森や林に生息するヤマガラ
身近な自然とのふれあい
この施設は、「身近な自然の保全と都市住民への自然体験の提供」という概念の加わった、行政機関とのコラボレーションによる「サンクチュアリ」と捉えられます。
横浜自然観察の森に先立つ1983年に福島市により開設された福島市小鳥の森は、当会の考えるサンクチュアリの4条件、
・野生生物の生息地を確保すること(土地の所有または管理権の確保)
・自然環境を保全すること(当該地の環境調査・環境管理の実施)
・環境教育の場として活用されること(ネイチャーセンターやネイチャートレイルの設置、自然体験プログラムの実施、ボランティア活動)
・レンジャーが常駐していること
と合致する形で構想、設計され、福島市から委託された当会レンジャーが常駐して運営されていました。「身近な自然とのふれあい」を対象にし、里山の維持管理を目的として設置された先駆者でもありました。
環境庁が1980年代に構想し事業化した「自然観察の森」も、「都市周辺の自然環境を身近な動植物の生息地として捉え、その保全事業を実施する」といった観点で、全国10か所の大都市圏に事業地を求める、といった計画のもとに進められていました。小林光さん(当時 環境庁自然保護局職員)によればこの構想は当初、「アーバンサンクチュアリ」と呼ばれていて、事業化の際に諸々の事情から「自然観察の森」という名称に変更されたことを、『野鳥』No.808への寄稿で紹介されています。
横浜市もまた、市が農家の裏山を借り上げて、市民に開放する「市民の森制度」といった独自の制度で、1970年代から市内の緑地を政策的に保全していました。また、市内で最も広い緑地、円海山周辺緑地では、様々な法制度による保全の網をかけ(首都圏近郊緑地、市民の森、風致地区)、また1977年に策定した「金沢市民の森基本設計」ではビジターセンターの設置を謳っており、こうした動きが環境庁の自然観察の森と合致し、「自然観察の森」第1号が誕生したという経緯を辿っています。
この「身近な自然とのふれあい」という要素が、横浜自然観察の森の大きな特色の一つにもなっています。

ミズキの葉にとまるハンミョウ。メタリックな光沢が美しい

森にはタヌキなどの哺乳類もくらしている
赤トンボとして知られる「アキアカネ」が森で夏を過ごす(8月)
市民参加による里山の保全・管理
当会の関わるサンクチュアリでは、「環境教育」「環境調査」「環境管理」の3つの活動分野を柱として、それぞれの活動を連携させながら運営することを基本方針としています。横浜自然観察の森では環境管理の占める割合は比較的大きく、当会が横浜市の委託を受けて1983年度に策定した「横浜自然観察の森基本計画報告書」は、野外環境の目標と管理計画について、6割のページを割いて述べています。これが開園当時の環境管理の指針となっていました。
この中には樹林地の一部について、伐採して管理する、農家が伝統的に行ってきたような里山林管理の方向性についてもふれられていましたが、具体的な方法や担い手については書かれておらず、手探りで計画を立てて行くこととなりました。
1980年代は、人手の入った二次自然である里山の自然環境の価値が全国的に見直され始めた時期です。私たちは、1988年に出版された守山弘さんの著書『自然を守るとはどういうことか』(農山村文化協会)に大きな示唆を得て、市民参加による都市林の保全と活用を模索し始め、「雑木林ファンクラブ」という名称で、メンバー制の行事を実施しました(1990~1994年度)。幸い、この行事は友の会会員や日大自然保護研究会などの学生サークルのメンバー、公募で参加された多くの市民の方々により、雑木林の保全と管理、その産物の活用について、多岐にわたる活動を展開し様々な経験を試行錯誤することができました。
5年間の活動の後、行事参加者により雑木林管理を担うボランティアグループを結成するに至り、「雑木林ファンクラブ」をそのままグループ名として活動を開始しました。そして、友の会のプロジェクトの一つとして現在に至るまで活動を継続しています。「市民参加による里山の保全・管理」は、横浜自然観察の森のもう一つの大きな特色となりました。横浜市も、市内の市民の森などの緑地の保全と活用に市民参加を促すため、「よこはまの森育成事業」を1994年度に開始。この事業の一環として1996年度に市内の10の活動団体に呼びかけて設立された「よこはまの森フォーラム実行委員会」に、友の会も参加しています。
ボランティアの皆さんによるクヌギの林のスダジイ伐倒作業
1990年代は「市民参加による里山の保全・管理」が全国的にも大きく広がった時期で、「里山サミット」「全国雑木林会議」といった全国的なシンポジウムや行事が各地で行われました。1998年に同実行委員会が主催して横浜市内で開催された「第6回雑木林会議」には、友の会会員やレンジャー、当会職員も運営に参加しました。こうした全国的なうねりの一翼を担う役割も、横浜自然観察の森は果たしたと考えています。
「生きもののにぎわいのある森」のための保全管理へ
このようにして、横浜自然観察の森の環境管理活動は市民参加による力を得て、開園前につくられた基本計画では想定していなかった、活発な活動が行われるようになりました。同時に、新しい環境管理に関する計画が必要となってきたのです。
開園14年目の2000年に横浜市・友の会・当会レンジャーの三者が集まる会議で、友の会のメンバーから、「森林管理の方向性を明確にしてほしい」という提起があったのをきっかけに、環境管理のための統一した将来像や指針をつくる作業が始まりました。この検討作業は、藤田薫レンジャー(現・東邦大学研究員)の主導で行われました。森林管理に関する情報収集や保全生物学に関する勉強会、専門家による講演会などを経て、レンジャーと友の会メンバーに行事参加者も加わって、市民参加型で検討された成果が、2005年3月に「横浜自然観察の森保全管理計画」という計画書にまとめられ、横浜市の承認を受けました。
「にぎわいの森を考える会」は藤田薫レンジャー(中央)のリードで保全管理計画を検討
新しい計画では、生物多様性を保全し自然保護思想の普及・向上を図るという施設の設置目的にそって、「生きもののにぎわいのある森づくり」をキーワードに掲げ、県内第2の広さをもつ緑地の一角に位置するという特性から、大きな緑地の果たす役割を規定しました。そして、多様な生物の生息を図るため、めざす森林の姿から3つのゾーンに区分し、それぞれの管理の方針を定めました。また、環境管理の実施方法として、生物の生息状況をモニタリングしながら管理方法を調整していくという「順応的管理」の方針も打ち立てられ、保全生物学の考え方を明確に反映したものになりました。多くの人が関わって出来上がったこの計画が、皆が同じ方向を向いて保全管理するための素地をつくったのです。
こうしたプロセスは、横浜市の「円海山近郊緑地特別保全地区」や市民の森などの他の緑地の保全管理計画策定にも影響を与えました。
2005年からは「雑木林管理ゾーン」内の管理や調査の試行が開始され、また2012年度には森林以外の草地や水辺の管理について追補する保全管理計画書が、横浜市の主導で友の会・当会レンジャーが参加する形でまとめられ、「横浜自然観察の森保全管理計画(2013年3月)」として公表されました。
このようにして、多くの人々の参加により、横浜自然観察の森の特色である、「生物多様性保全のための保全管理」の方針と計画が樹立されてゆきました。レンジャーが行うモニタリング調査や、2008年から多くの友の会メンバーの皆さんとレンジャーが協力して実施しているモニタリングサイト1000里地調査、また日々の生物観察の記録などの生物調査が、環境管理の結果を評価し、調整していく材料になっています。身近な生きものとのふれあいの舞台は、このようにして支えられているのです。
多くの方々が横浜自然観察の森を支えてくださっています。2025年12月20日友の会「望年会」
参考文献
- 小林光. 2016. 「自然観察の森」発足秘話. 野鳥No.808:14.
- 藤田薫. 2017. みんなでつくった「保全管理計画」 その意義と経緯. ~古南・尾﨑・掛下(編). 都市の森の自然保護-横浜自然観察の森の三十年.(公財)日本野鳥の会.
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